神様、助けて下さい

神様、僕が何かいけないことをしましたか?

あえて言えば安易に人生選択をしてしまったことくらいか。

安易な選択はブラック企業の始まり。

有休1日も取らせる気ないってひどくないですか?

同じ会社で働いているのによくこんな事できるな、と思う。自分が辞める立場の時なかったらとか考えないのかよ。

自分がそんなブラックな会社で働いていて、そんな選択しているという事に対して胸は痛まないのだろうか??

 

神様、本当に助けてください。

【第2話】女一人で島バイト。いざ直島へ。瀬戸内の海の穏やかさ。死に方より生き方を考える。

ある定休日の午後、一階のお店の方からはなちゃんが私を呼ぶ声が聞こえる。

「浮き輪買ってきたで!」
はなちゃんは、フェリーで街の方まで行った時に私のために浮き輪を買ってきてくれた。

もう、浮きたい放題!!ヒャホー!
それからは隙あらば、バイトが終わって長めの上り坂を自転車ぶっ漕いで行って海に浮く。
私は日本海育ちなので瀬戸内の海の穏やかさに感激した。

日本海は結構荒れる。辻ちゃんのblog程ではないけどダレノガレのTwitterくらいは荒れる。
波も大きいし遊んでたら勝手に50メートルくらい流される。
瀬戸内海はプカプカしてても流されない。

空と海との間には私と浮き輪しかない。その瞬間、この空間、全身で体感!so!一体感!yo!!

何かで表現とか言葉にしようとか思わない程の無を感じた。生きててこんな風に感じる事があるのか!
自分がただの物体になった。自分がダメ人間な事や誰かを傷つけたり傷つけられたり、そんな事忘れられた。気持ちよすぎーーー!
チョー気持ちー!
自分が何者でもないド素人で良かった。
その時は煩悩が100個くらい無くなってたと思う

日が沈んだら熱いシャワーを浴びて海の向こうのキラキラの高松の街とたまに通る大きな船を眺めて観光地で割高自販機の缶ビールを飲む。
一本飲む干したら帰る。
病み付きです。

はなちゃんは勝手にiPhoneで音楽をかけたりしないし、世間話ではなくてはなちゃん自身の話を沢山してくれた。
余計な情報がないので一緒に居て気楽で楽しい。

帰りは長い長い下り坂を無意味にブレーキいっぱい握りしめてゆっくりゆっく下った!脳内は夏色だった。
中学生だ。海賊王になれそう。豪快にコケると、通りすがりの外国人が助けに来てくれた。
多分、大丈夫か?自転車は押して帰れって言ってた。擦り傷が出来ても優しさに癒されヘッチャラだ。

散歩だけでもまぁまぁ楽しい。山を越えようと歩くと、大きなゴミ箱や嘘のバス停がある。
バス停は地元の子供が作ったらしい。可愛いのだ。


山の途中の砂浜に台湾かどっかのアーティスト 李禹煥 作品がある。写真を撮るのを忘れるくらい神秘的だった。
天然の岩を無造作に並べた真ん中に風呂がある。周りは茂みで正面は海と砂浜。
なんだかパワーがあった。

直島の作品は自然と交わって魅力を増してるものが多い。
海に浮かんで見える草間彌生のカボチャや安藤忠雄の建築を月が照らして演出してくれたり、
美術館に展示してある浜辺とボートの大きな絵の反対側を見ると少し遠くの浜辺に同じようにボートを並べていたり。。気持ちよすぎる。

時期で言うとキム・ヨナの007の頃くらいから私は死に方をずっと考えて居たけど、死にたいと思うことが直島に行って以来、まだない。

エネルギーチャージ満タンです。

大杉漣、亡くなる。 パイプレーヤーズの今後は?

インドネシアで出張先、うだるような暑さとドリアンの生ゴミ臭のなかナシゴレンを食べている中、目を疑うニュースが舞い込んだ。

大杉漣さんが亡くなったという。

急性心不全ということを知り、数年前、ブッチャーズの吉村さんも、同じように突然いなくなってしまったな、と思い出した。

思い入れのある役者やミュージシャンが亡くなると、身内でも、知り合いでもないが、同じくらい、それ以上に、自分にとっての大切ななにかが欠落したような、深い喪失感を抱く。

大杉漣さんは間違いなく、90年代から今に至るまでの、日本の映画、ドラマに欠かせない名脇役であり続けた。その生き様を、もうこれまでの作品でしか見ることができないのは、やはり寂しい。

名脇役、という在り方が、好きだ。そう思わせてくれたのも、大杉漣さんだった。

名脇役、主演ではないけれど観た人の中で心に残る。それは、アルバムのシングルカットされていないけれどそこに在る名曲のような。その作品全体を構成する上で、メインを引き立て、観た人の心に残る、欠かせない存在。スターよりも、スターをより輝かせる存在の、その生き様に、心が揺さぶられる。

生まれ持って華がある人間と華がない人間がいる。スター性は、天性のものだ。それは、本人の努力とは別の次元の、残酷な事実。しかし、華がない人間にも、それなりの咲き方がある。そして、その咲き方が、華のある人以上に、魅力的で、人の記憶に残ったりする。名脇役は、そういった、持ってない人が持ってる人に勝つ、そのドラマをみせてくれ、生き方の多様性を教えてくれる。

かつて、ピラニア軍団と呼ばれる役者たちがいた。70年代の映画での、斬られ役、やられ役の役者たちがそう呼ばれた。いかにかっこよく、印象的に、血を吐いて映画の中でやられるかに命をかけた男たち。スター性はないが、スターには負けないぞ、俺たちのやり方で咲いてやる、という根性が、素晴らしい。バイプレーヤーズも、そんなピラニア軍団のように、これからもサバイブし続けてほしい。

バイプレーヤーズは今後どうなるのか。新メンバーを入れるのか、入れないのか。入れるのであれば、私の希望としては、塚本晋也。シンゴジラでの名脇役っぷりが記憶に新しい。それに、田口トモロヲと塚本晋也の共演には胸が熱くなる。そんなことを考えるのは今は野暮なことだろうか。

悲しいことがあっても、明日はやってくる。どっこい生きてく街の中。インドネシアの陽が沈む。日本に帰ったら、ソナチネとHANABIを見返そう。大杉漣さんに、会いたい。

失業保険には頼れない。しかし秘策あり。特定理由離職者とは。

どーも、鬱田鬱男(30代・4月から無職)です。
4月から無職になる事が決まったわけですが、そんなに貯金があるわけでもないし、収入がないときつい。
普通は失業保険の給付手続きとかをするわけですが、失業保険もらえるのも自己都合退職になると3か月以上の待機期間が発生してしまうんですね。
というか今の職場で働き始めてまだ1年たっていなかった(´;ω;`)

「これは困ったな」と思っていたらこんな記事が。

なんだこの夢のような制度
特定理由離職とはなんぞや?
さらに調べてみると

特定理由離職者とは

自己都合退職であっても、一定の理由・条件を満すことにより、3ヶ月の待機期間もなく、
特定受給資格者と同じ条件で失業保険を受給する事が出来る権利。

<特定理由離職者の条件>
雇用保険の被保険者期間が6ヶ月以上であり、かつ以下の条件いづれかを満たしている

体力不足や病気を理由とした退職
・体力が不足している
・心身に異常を来してしまった
・視力や聴力が低下してしまった
・ヘルニア等、慢性的な身体の痛みを発症した
これらの理由で、現在就いている業務を続ける事が困難になってしまった場合、それを理由に退社しても特定理由離職者として失業保険を得る事が出来ます。
また上記理由の為、出勤する事が困難になった場合でも、特定理由離職者の資格を得る事が可能になります。
引用元:失業保険と再就職の得する情報館より抜粋

なるほど、さらに上記の条件から、医師の診断書が必要になってくるらしい。

という事で、いつもはレスポンスが遅い僕だが、すぐさま心療内科の予約をとった。
「無職になったら俺は変わるのだ」と心の中でつぶやきながら。

こがね味噌と東方不敗マスター・アジア@麺処まるわ

こがね味噌

寒い・・・

身も心も凍えそうだ

外に出たくない

だけどラーメンが食べたい

頑張って外に出よう

大丈夫、だって今日はノー残業デー

特別な日

そんなわけで

お気に入りのラーメン屋へ

なんだかんだ週一くらいで通っているが

定番メニュー全種食べきれていない

コラボメニューとか裏メニュー優先になってしまう

期間限定に弱いし美味いし

ついつい通ってしまいますね

裏メニューが近日中に更新されるとの噂を聞いたので

まだ食べていない【こがね味噌】を食べてきた

あとで食べておけばよかったと

後悔しないように。。。

こがね色に輝いている味噌

生姜もたっぷり使われています

トッピング、肉の感じとか

豚汁っぽい

美味すぎる

ご飯は我慢しようと思ったけど

追加で注文してしまった

大丈夫、だって今日は特別な日

汁は我慢しようと思ったけど

全部飲み干してしまった・・・

大丈夫、だって今日は特別な日

美味いラーメンで身も心も温まりました

ラーメンを待っている間に

店内のグッズコーナー見ていたら

マスターガンダムがあったんですよ

それでこの・・・こがね味噌でしょ?

まるで味噌ラーメンのハイパーモードやわー!!

食べていてそう思ったとしても無理はない

このラーメン、まさに東方不敗

東方不敗マスター・アジア

https://youtu.be/jx4DLgXDvxg

マスターガンダムと言えば東方不敗マスター・アジア

いや

機動武闘伝Gガンダムと言えば東方不敗マスター・アジア

と言っても過言ではない

師匠はGガンとは何かを体現しているのだ

初登場でデスアーミーを生身でなぎ倒し

いきなり弟子と演舞を始め

見るものすべてに衝撃を与えてくれた

三つ編みがとてもよく似合う

実はデビルガンダムの手先になってしまっていて

地球を我が物にしようと

弟子の前に立ちはだかる

しかしそれにはとても悲しい理由があった

忘れもしない第45話

『さらば師匠! マスター・アジア、暁に死す』

なんてこった・・・

師匠死んじゃうとかタイトルがネタバレかよ!

そんなツッコミもどこかに吹き飛ぶ歴史に残る神回

ガンダムファイトの弊害を己自身で演じていたことに絶望し

愛する地球への償いとして地球再生のために人類を抹殺する

そのためにデビルガンダムを利用しようとした師匠であったが

愛弟子に

人類も天然自然から生まれた地球の一部

それを抹殺することは自然を破壊することと同じ

そう気づかされ・・・

やっと弟子と分かり合えたのに

師匠の哀しみを知り

やっと分かり合えたのに・・・

師匠はDG細胞なんかに侵されていなかった

わかっていた、わかっていたのに・・・

暁の光に照らされて愛弟子の胸の中で穏やかに

息を引き取る師匠のなんと美しいことか。。。

このシーンは当時VHSで何度も巻き戻して見たので

今でも台本なしで流派東方不敗の言葉は唱えられます

リアル系の路線を走っていたガンダムと

だいぶ毛色が違いますが

ちゃんとガンダムしてるんですよ

Gガンは泣けるんですよ

そして

2月22日は

東方不敗マスター・アジアの誕生日

師匠、誕生日おめでとうございます

49歳だったのですね笑

こがね味噌のラーメンを食べて

東方不敗マスター・アジアを思い浮かべるのは

私くらいなものでしょう

もし、Gガンダムが好きだ

東方不敗が好きだという人がいたら

今すぐ連絡してほしい

俺は・・・お前が・・・

お前が好きだ!

お前が欲しい!!!

結婚しよう

ギブソンの明暗 ~経営悪化の3つの理由~

さっき友人から連絡があり、ギブソンが大変らしい。たしかに、飲酒運転で逮捕され、人種差別発言等で不遇の時代があったが、昨年の『ハクソー・リッジ』でまた復活したはずなのだが。また、なにかやらかしたのか。

 

申し訳ない、再度友人から連絡が入り、大変なのは、俳優・映画監督のメル・ギブソンではなく、アメリカのギターメーカーのギブソンのことらしい。どうりで・・・

 

ギブソンとは、エレクトリック・ギターの世界では、フェンダーと双璧をなすギターメーカーだ。レス・ポールモデルというエレクトリックギターで有名である。その会社の経営状態が非常に悪化しているということだ。たしかにデジマートというWeb雑誌での連載が昨年の7月で止まっていた。ギター業界の友人の話では、最近発売したモデルの品質も低下しているとのこと。

 

経営状態の悪化の原因大きく3つあると思う。

 

1、経営の多角化である。近年ギブソンは不動産や金融投資にも手を伸ばし、それらが芳しくない

 

2、他の新興ギターメーカーの勢いに押され、市場における競争力の低下が著しい

 

3、ギターのヴィンテージブーム

 

とくに3番目にあげた理由が、一番大きい経営悪化の理由だと思う。ロック黎明期の1950年~60年あたりに生産されたエレクトリック・ギターは、非常に高額で取引されている。その時代に活躍したギタリストであるジミー・ペイジ、ジェフ・ベック、ジミ・ヘンドリクスなどほぼ全員がギブソンもしくは、フェンダーのギターを使用している。その影響で、それから半世紀ほど経った現代でも、ギターキッズはその50~60年代の楽器をほしがる。その当時のギブソンのレス・ポール、フェンダーのストラトキャスターなんかは数百万円することはざらである。

 

私はギターを10本ぐらい所有しているが、ギブソン社のギターは1本のみ。ES-175というモデルである。これも新品ではなく、中古で買った。1990年代の楽器なので、ヴィンテージというより中古であるが。フェンダーUSAのストラトキャスターも持っているが、これも中古、所有しているギター10本、新品は3本かな。ギターというものは、ほぼ技術的に完成されており、中古であっても保管状態がある程度維持されておれば、新品とそん色ない。むしろ、ギター材である木材のシーズニング、簡単にいえば乾燥が進んで中古の方が音がよいという考えが主流なのである。

 

この中古楽器の方が、新品より価値が高いという件で、思い出したのは、書籍のことである。多くの人々は本を、図書館で借りるか、ブックオフで買うかのどちらかで、新品を購入しようとするのはかなり本好きな人だろう。その結果、出版社の経営は悪化する。書籍はまだ情報性という点で、新品に有利性がある、ギターは厳しい。

 

ギブソンは数年前、チューニングを自動で行えるレス・ポールを新製品として発売した。チューニングという手間のかかる作業を、コンピューター制御により一瞬で完了してしまえるギターだ。

 

ギブソンさん、こういうことじゃないでしょ。ギターキッズは、そういう技術革新は願ってないよ。ギターキッズは、昔のギターヒーローみたいに、ライブの曲間にけだるくペグを回してチューニングするという作業に、フェティシズムを感じるの! 音楽にアナログ性を求めない人は、キーボードとか打ちこみとかを選んでるよ。

 

ギブソンさん、カラマズーのクソ寒い工場で、ギターを作っていたあの頃を思い出せ。だれもハイテクギターは求めていない。

 

メル・ギブソンはしぶとく復活した。オーヴィル・ギブソンさん、今度はあんたの番だぜ。

春から無職になります。30代で未経験からSEになったけど。辞めるまでの経緯、理由あれこれ。

3月末で仕事をやめることになりました。

まだ1か月もあるのかと思うと気が狂いそうになるけど、もう少し頑張れるだろうか。

前回の記事でも触れましたけど、僕は30過ぎて未経験からSEになりました。

なったはいいけど、あまりに仕事が出来なさ過ぎて、最近は毎日誰かしらに怒られているような気がするし、

全く力不足の自分に情けなさと悔しさを感じたこともありました。

仕事の全く出来ない30のおっさんがそこにいたわけです。

もっと若い頃なら「このまま何もできないで終わるのも癪だし、努力して見返してやろう。」とか思ったかもしれない。

しかし、僕の心はすでに折れかかっており、

最後の一押しになったのが以下のTweetです。

 

逃げよう。さっさと逃げよう。

昼過ぎに近くの公園まで来て担当の営業さんに連絡。

引き留められることもなくあっさり了承され、3月いっぱいでの退職が決定。

なんだよ、こんな単純なことだったのか。。。

僕が仕事を退職するのはこれが初めてじゃないけど、あまりにあっさり了承されたので力が抜けたと同時に

「もっと早く言っときゃ良かった」と思った。

これまでの人生でも大体思うのは「もっと早くやっておけば」

そういえば、少し前に27歳で亡くなったオーストラリア人女性が生前に投稿した記事が話題になりましたね。

http://news.livedoor.com/article/detail/14150529/

これからはいつ死んでも後悔しないような生活をしたい。

電話を切った後、そんなことをいろいろ考えながらひとり公園で物思いに耽っていた。

しかし、この会社に入ってからはいい思い出がないので、ここの公園も嫌いになってしまいそう。

 

3月での退職。

30過ぎだが、無職になるという事への不安感はない。

毎年、春という季節は大嫌いだけど、今年の春は少し晴れやかな気持ちになれそうな気がする。

そしたら、ちょっとゆっくり旅にでも出てみよう。もっと本格的にブログ書こう。

【第1話】女一人で島バイト。いざ直島へ。住み処は築70年くらいの古民家カフェの二階。

そもそもの始まりはそう7月の暑い日。。

直島に決めたのは、やっぱりアートを感じて生活したいと思ったのと、20代の頃、初めて一人で一泊旅行に行ったのが直島だった。その時、お財布を忘れて往復のチケットと小銭入れしかなかった。

悲しかった。旅行は辛いものだからもう行きたくない。旅行なんて。

7月中頃、バイト先に3ヶ月休みますと伝え、フザケンジャネェ!と怒られたものの、東京駅から山陽新幹線に乗ったの。BGMは銀杏BOYZの東北新幹線はちひろちゃんを乗せて。
岡山駅で電車に乗り換えて港まで向かう。それからフェリーで島に着きます。

めちゃめちゃ気持ちがいい。空と海がすごい広い。

直島は夏はとっても賑やか。観光はヨーロッパの人が多い。
デブで金髪で派手な服を着てるので最初は英語で話しかけられる事が多かった。
しばらくしたらすぐに顔を覚えられて島民価格で色々楽しめるようになった。
大竹伸朗の銭湯『I ラブ 湯』は本当に可愛くて誰が行っても楽しい。

もしこれが東京あったら流行るけど廃れるんだろうなーと思いながら流行らないし廃れない田舎のならではのアイデンティティーを感じました。

大竹伸朗も学生時代に色々観てたけどなんか拗らせててありきたりな現代アートだと思ってたけど今大人になって見たら写真も作品も攻めた雰囲気だけど絶妙なバランスがとても心地よくて落ち着くようなアーティストで好きになりました。

直島での住み処は築70年くらいの古民家カフェの二階。
バイトはそこのカフェ。
めちゃ古い。今まで色々住み込みのバイトしたけど一番ボロかった。でも、別に良い。

一日目に直島でのバイト先の男性に廃墟をゲストハウスやイベントスペースにしている所に連れていかれた。。DJイベントだった。最悪だった。連れていった人の主催だったのだけどその人の事が一日目で興味なくなった。なにして生きてきたの?て思うくらい寒かった。

何日かつまらない日々が続く。。

ある日バイトの同僚のはなちゃんが海に行こう!と言った。
次の日の朝満潮の時間に集合して海に入った。朝6時くらい。
私は泳げなかった。浮けなかった。
でもはなちゃんはガチで泳ぐ。永遠に泳ぐ。飛び込む。私はそれをながめる。

日が沈むまで遊んで月が昇るまで缶ビールを飲みながらお話する。

バカにしてたけど女の人が一人旅に出て、スピリチュアルを感じてしまう気持ちがわかった気がした。

服部みれいの本をよく読んでいたのだけど自然と暮らす大切さを理解した。
何となくその人の本を読んでたけどインプットしたものって何処かで生きてくるもんですね。

はなちゃんと出会い、海を覚えた私は島の生活が劇的に楽しくなる。

オハナシハツヅク。。

今日はこんなに元気です ~東高円寺 喫茶生活~

今日は土曜、13時から練習である。いつものように東高円寺で練習である。

今この文章を東高円寺の喫茶生活という喫茶店で書いている。わたしは昔、東高円寺に住んでいた。いい思い出は全くない。バドもまだやっていなかった。あのときは暗かった。

その後、仕事も私生活もヘビーだった東高円寺から私は神奈川県の藤沢市鵠沼海岸に移り住むことになるのだが、それはまた別の機会に。

私がこの店を初めて訪れたのは、東高円寺に引越しして来てすぐだ。店を知ったのは、(ジャズ 東高円寺)で検索したからだと思う。

私はジャズ好きで、都内のジャズ喫茶はほぼ行ったと思う。が、ここは知らなかった。もちろん一人で店に訪れて、カウンターに座りマスターと話した。店には誰もいないことがほとんどで、最近引っ越してきたんです、ジャズ好きなんですか、カーティス・フラー渋いっすね、なんて話したはずだ。マスターはおそらく40才ぐらい。ミニマルな店内は、この寡黙なマスターの性格を表しているようであった。

都内のいーぐるやメグといった有名ジャズ喫茶の話をしていた際、マスターは言った。ジャズ喫茶ともなるとオーディオとか凝ってますもんね、と。その他人事のような言い方に思った。ここはジャズ喫茶じゃないんだと。確かにレコード数やオーディオはジャズ喫茶のそれにしては全く物足りない。音量もしかりである。

私は、ここで植草甚一やマイルスのこととか色々話したと思う。いまどきの若者にしてはジャズを知っているということで、マスターも私と話すのはそんなに嫌じゃなかったと思う。

しかし、ある時期から、マスターは店内にいる客のだれとも会話しないようになった。出来る限りカウンターではなく、テーブル席に客を座らせるようになった。

しばらく時が過ぎて、私は仕事でどうにもならなくなった。甘えたことを言うようだが、こんなことで、一日の殆どが消費されていくのが信じられなかった。嫌なものは嫌でしょうがなかった。はっきり言って最悪だった。

Squareな職場はやはりSquareな人しかおらず、職場でジャズや映画の話なんかできるはずもなかった。私はあの場で息をひそめて、とにかく耐え、毎日東高円寺に逃げ帰った。ある日、いつものように駅に降り立ち、喫茶生活を思い出した。とにかく話がしたい。人と話がしたい。彼らは人ではない。

店に入るとやはり誰もいなかった。私は、席に座り、読みかけの本を読んだ。確か奄美大島で絵を書き続けた画家についての本だった。日本のゴーギャンと呼ばれている画家だ。私はその画家が辿った不遇な人生と自分を重ね合わせた。そうすることで毎日をなんとか保っていた。

私はその画家の人生を知ることによって、明日も、その次の日も仕事が続くことへの絶望に対して、なんとか距離を保とうとしていた。その時目をつぶっていたと思う。店内でなにが流れていたのか覚えていない。

眠らないでくださいね。自分に言われたこととすぐにわかった。しかし、私はその意味があまりわからなかった。いや、一応マックやスタバとかで寝ている若者に店員が声をかけている場面などは見かけたことはある。しかし、ここはそういう場所から遠い場所だと思っていた。ジャズの流れている、植草甚一やネフェルティティについて語れる、僕の居る場所だと思っていた。しかし、目をつぶりながら音楽に浸るというジャズ喫茶のルールは、ここには当てはまらなかった。

私は文庫本を閉じ、店を出た。ここはジャズ喫茶ではないもんな。目を閉じて音楽を聴いた僕が悪いんだ。

それから間もなくして東高円寺から引っ越した。

けっこうな時が過ぎ、今この店のテーブルでこの文章をかいている。トロンボーンのまあるいソロが流れている。いまジャケットを確認したらLennie・Tristano and Warne・Marshのintuitionらしい。トロンボーンは誰だろう。今度このレコード買おう。マスターもあのとき、日々を精一杯しのいでいたのかもしれない。私と同じようにだ。

偶然や、バドやくだらなく楽しい人々のお陰で、なんとかこの店まで戻ってくることができた。

あと13分で練習が始まる。とりあえずコーヒーを飲み干そう。

書を捨てよ、映画館へ行こう ~遮断された空間での非日常~

つい先日、実家のある北海道へ帰省した。数日滞在した中で、映画を観たくなった。

しかし、映画館は地元にひとつしかなかった。ちょうどその映画館で、観たい作品がひとつ上映されていたので、その作品を劇場で観た。やはり、映画館で映画を観ることはいいな、と思った。

 

地方都市には、映画館がひとつあればまだいい。北海道の地方の町や村では、映画館がなく、隣接する市にある最寄りの映画館まで車で数時間ということも珍しくない。その映画館事情は、北海道のみならず、日本各地のその他の地方でも似たような状況だと聞いている。

 

映画館が減り、人々は、映画を見なくなったのか。違う。映画、ドラマ自体を観る人が減ったわけではない。観る方法が変わった。いまは、定額の動画配信サービスが群雄割拠の状態。レンタルビデオ店も、店舗でのレンタルに加え、ネットでの配信、宅配サービスなどを充実させている。映画館にいかずとも、ほとんど全ての作品を観ることが可能だ。

 

私は、しかし、映画館で映画を観ることが好きだ。東京は、大きな映画館、中規模の映画館、小さな映画館、それぞれに個性があり、上映する作品も多様で、本当にうれしい。しかし、移動する手間、チケット代もかかり、そのほかの時間的にも金銭的にも効率のいい方法で映画が観れる状況で、なぜ映画館で映画を観ることを好むのか。

 

それは、遮断された空間での非日常が好きだからだ。 2時間、3時間というまとまった時間を、照明の落ちた空間で、一人でいても、許される。なにも話さなくてもいい。むしろ、話してはいけない。携帯は電波の届かない状態になっている。ただ、スクリーンを見つめる。日常のループから抜けだして、非日常に没入する、気持ちよさ。

 

それは、温泉に行くのと似ているかもしれない。温泉で湯に浸かっている間は、まさに遮断された空間での非日常。なにも着ていない、携帯は電波の届かない状態、というか持ち込まない。一人でいてもいい。なにも話さないでそこにいても、許される。考え事をしたり、なにも考えなかったりして、ただ湯につかる。

 

日常のループの外に出て、非日常で時間をすごし、また日常のループに戻ってくるという一連の流れが好きなのだ。一度日常のループの外に出る時、戻ってきた時に、なにかがかわっているのではないか、という気がする。 実際変わっているどうかはわからない。なにも変わらず、日常は進んでいくことがほとんどだったりする。しかしこの、気がする、という感覚が映画館へと足を運ばせる。

 

日常と非日常を行き来していると、世界が広がる感じがする。 学校や仕事の帰り、寄り道をしたくなる気持ちと、映画館に行きたくなる気持ちは似ている。日常、常識、正しさ、普通、そればかりだと世界がとても小さくなっていって、息ができなくなり、押しつぶされるような気持ちになる。

 

幾千万も灯る都市の明かりが

生み出す闇に隠れた

 

これは、先日公開されたばかりの小沢健二の新曲「アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」の歌いだしの部分だが、オザケンの歌い方も含めこの部分がとても好きで何回も聴いている。 明かりが闇を生み出すように、日常は非日常を生み出す。闇に隠れるように、非日常に没入するように、映画館で映画を観る。正気でいるために、狂気に触れる。 映画館に行くことは、都市の明かりが生みだす闇に隠れること。

 

映画館に行く人が減り続ければ、東京ですら、今の豊かな映画館の生態系を維持できなくなるかもしれない。それは嫌だ。

 

次は、東京にある素晴らしい映画館について、いくつか書きたいと思う。