2018年最大の注目作、「スリービルボード」を観てきた感想

東京都内、外を歩けば、視界を覆う、看板広告。

 

あそこの看板広告は基本お金さえ積めば、法に触れない内容であれば広告だせるわけで、 どこかのクレイジーな人や怒りに駆られた人が、お金積んであそこに特定の事件を想起させるような、特定の個人/団体の責任を問うような内容の文章をのせたら、見た人はびっくりするし、SNSなんかで炎上するだろうし、ちょっとしたセンセーションになるのは想像に難しくない。

 

スリービルボードを観てきたが、まさにそういうことがきっかけで、ドラマが展開していく話。

 

先日のゴールデングローブ賞で4部門受賞し、来る3月5日(日本時間)に発表されるアカデミー賞でも、作品賞、主演女優賞、ダブル助演男優賞、脚本賞、作曲賞、編集賞の6部門で7ノミネートしている2018年の大注目作であり、賞レースの先頭を駆け抜ける映画、スリービルボード(原題:Three Billboards outside Ebbing, Missouri)。

 

セブンサイコパス(2012)のマーティン・マクドナーが監督・脚本。コーエン兄弟のファーゴ(1996)の女性警官役でアカデミー主演女優受賞したフランシス・マクドーマンド、セブンサイコパスにもでていたウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、そしてゲットアウト(2017)やバリーシールズ(2017)などで近年「狂気を感じさせるがへろへろな駄目青年」な役で台頭してきているケイレブ・ランドリー・ジョーンズらが出演。

 

賞レースを席巻しているのも頷ける大名作。架空の町を舞台にしたフィクションでありながら、実録社会映画なんじゃないかと思うほどに現在進行形の社会の問題について考えさせられてしまうオリジナルストーリーと、観た人の中で生き生きとイメージが膨らむような、それぞれのキャラクターの重層的な人物描写がすばらしい。

 

物語の舞台はアメリカのミズーリ州の架空の町、エビング。「道に迷ったやつかボンクラしか通らないような」道路沿いにある3枚のビルボード(道路から見える屋外の広告看板)に、フランシス・マクドーマンド扮するミルドレッドはある広告文を出すべく、そのビルボードを管理しているエビング広告社のオフィスを訪れる。広告社の責任者であるケイレブ・ランドリー・ジョーンズ扮するレッドは、なんでまたあんな辺鄙なところに広告を出すのかといぶかしがる。1986年におむつの広告が出されて以来放置されっぱなしだったくらいのところ。しかし、ミルドレッドが指定した広告文をみて、合点がいく。もしや、あなたはあのアンジェラの母親? そう、ミルドレッドは娘のアンジェラ・ヘイズを酷い形で殺されていた。火をつけられ、レイプをされて殺されたのだ。犯人が見つからない中で、ミルドレッドが出した広告は、エビングの警察署長であるウッディハレルソン扮するウィロビーにその責任を問う内容だった。

 

広告が張り出された後、パトカーで巡回中だったサム・ロックウェル扮するディクソン巡査はその広告に気づき、イースター休暇中にも関わらずウィロビー署長へ一大事であることを伝える電話を入れる。なんてことをしてくれたのだと憤るディクソンと、困ったことになったと頭を抱えるウィロビー署長。

 

しかし、警察官たちだけでなく、エビングの町の人々も、ミルドレッドの行為を快く思わない。なによりもウィロビー署長は慕われていたし、ウィロビー署長の抱えているある問題を、みなが知って同情していたから。ミルドレッドへの非難が高まる中、ウィロビー署長は、とにかく、事件の解明に向けて動き、また、ミルドレッドへ警察として全力は尽くしていることを伝える。そんな中、ディクソンは広告を掲載したエビング広告社のレッドや、ミルドレッドに対し嫌がらせまがいのことをする始末。ちょっと抜けていて、口は悪いし態度も悪いが、どこか憎めない男ディクソン。しかし、ある衝撃的な出来事があり、悲しみと憎しみの赴くまま、ディクソンは取り返しのつかないことをしてしまう。

 

その後、事態はエスカレートしていき、緊張感が高まり続けるが、意外な人物が意外な一面を見せる。そして、その意外性が、破滅まっしぐらだった物語の色調を変え、前半からは予想できないような方向へと物語を運んでいく。

 

ラストシーンでの会話が残す余韻は、まさに対立と分断が泥沼化するリアルなアメリカへ、世界へ、フィクションが描く一筋の切実な希望か。

 

映画を観ていて思わず涙腺が緩んでしまった場面がいくつかあるが、その中でもオペラ歌手のルネ・フレミングが歌うラストローズオブサマーが流れるある場面で、ある人物が、まさにそれまでの自分が火に包まれ、新しい自分が爆誕する瞬間。そのシーンでのその人物の、「それでもまだ、俺にしかできないこと、やれなければならないこと、突き動かすものがある」というその感じ、ブレードランナー2049でKが絶望からカムバックするあのシーンに匹敵するマイ生涯のベスト級映画のシーン。

https://www.youtube.com/watch?v=7EH0e-02uAU

 

前述のシーンも含め、全編にわたってカーター・バーウェルによるムービースコアが素晴らしい。また別の印象的な場面で流れる、Monster of FolkのHis Master’s Voiceの破壊力。動画のコメント欄に「サム・ロックウェルは次世代のジャック・ニコルソンだ!」と賞賛する声があるが、ワンカット長回しで撮影されたと言われるこのシーンでおぞましい暴力と胸が裂けるような切なさを表出するサム・ロックウェルを、ジャック・ニコルソンだって涙を流して賞賛するだろう。https://www.youtube.com/watch?v=AV6B4JR0XtY

 

 

サム・ロックウェル演じるディクソンが愛おしくてたまらない。憎たらしいのに憎めない。一見、威圧的な白人警官だが、パトカーでひとりの時も変な歌を口ずさんでいたり、イヤホンでABBAのチキチータ聞いて悦に入っちゃったり、Robot Comicsってタイトルのオタクっぽい漫画を読んでたり、母さんと一緒にドナルドサザーランドのでている映画を見たり。悪いやつなわけがない!きっと、根は善人で繊細でオタクなところもあって、でも高校時代や警察学校時代にバカにされないためにマッチョな自分をコーティングして生きてきたんだろうな。あぁ、ディクソン。パンフレットのディクソン役のサムロックウェルのインタビューの発言には、「観客には、ディクソンを不愉快に感じ、腹を立て、おもしろがりながらも、かわいそうだと思ってもらいたいと思ったんだ」とあるが、まさにそう、めくるめくディクソンへの想い。

 

また、ミルドレッドが、世間を騒がす広告を出したことを諌めにきた教会の神父に対して放つセリフが強烈! スポットライト世紀のスクープ(2016)のテーマでもあったあの社会問題を想起させることを、これでもかと罵り言葉を交えながらぶちまけるミルドレッド。フリースタイルダンジョンだったら、クリティカル判定で勝負が決まるような、的確かつ鋭利なディスに鼓動が高まり笑みがこぼれる。

 

映画パンフレットでは、宇野維正氏による「いま、世界で最も行きたくない場所ミズーリ州」という切り口で、スリービルボードの映画の舞台とされたミズーリ州(実際の撮影地はノースカロライナ)について、関連映画なども紹介しながら書かれていて読み応えがありとてもおもしろい。映画の中で、「白人警官は黒人への虐待で忙しい」みたいなセリフがあったりするが、ミズーリ州というのが2014年に白人警官が黒人青年を射殺した「ファガーソン事件」が起こった場所であるというのが関係している。また、フィンチャーのゴーンガール(2014)で、ニックとエイミーが暮らしていたのもミズーリ州。近年、閉塞的で、人種差別的な白人が住んでいる場所として映画やドラマで舞台になることの多い場所、それがミズーリ州。このスリービルボードも、原題では「ミズーリ」という単語をはっきり表記していることからも、それに意識的なのがうかがえる。

 

パンフレットのプロダクションノートに、マクドナー監督が「出発点はとても悲しいが、コミカルなところが多く、ところどころで感動的になればいいと思っていた。これが人生に対する私の見方だ。悲しみに直面してはいるが、ユーモアを持って絶望と向き合い、葛藤しているんだ。」と映画について述べているが、本当に信頼出来る監督だと思った。ユーモアを持って絶望と向き合う。そう、そうなんだ。ウォルフガング・ペーターゼンのUボート(1981)やメルギブソンのハクソーリッジ(2016)にあって、ノーランのダンケルク(2017)になかったもの、「ユーモアを持って絶望と向き合う」こと。それが人生であり、それを含んだ重層的な映画が観たいのだ。マクドナー監督、次回作も今から楽しみで仕方がない!

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映画、音楽、本のことを中心に、役に立つかどうか度外視して書きたいこと書こうと思っています。サブカルなイベントもよく行くので、そのレポートみたいなことも書くかもしれません。