あなたに出会っていなければいまの私はいない。 ありがとう、ロッキンオンジャパン2003年9月号。

今から15年前、中学3年生の夏、ACIDMANが表紙のロッキンオンジャパン2003年9月号を購入した。修学旅行が終わり、ちょっと休みがあって、歯医者に行って、その帰りだったと思う。なぜ購入したのかというと、その中には、ロッキンオンジャパンフェス特集の小冊子が付いており、その小冊子の表紙がバンプオブチキンだったからだ。バンプオブチキンは好きだった。天体観測という曲がドラマで使われていたので知っていた。15年前の田舎の中学生にとって、テレビで流れていること、音楽番組のオリコンランキングでランクインしていることが、新しい音楽を知る主な手段だった。

 

「ロックフェス」というものの存在をそこではじめて知った。そもそも、ライブハウスはおろか、ミュージシャンのコンサートにすら行ったことがなかった自分にとって、ロックフェスという1日中野外でロックバンドが演奏しているというイベントはいかなるものか想像がつかなかった。そのフェス特集の小冊子は衝撃的だった。9割が知らないバンドやミュージシャンだった。奥田民生やスガシカオやリップスライムなど、テレビにも出ているから知っている顔もあったが、知らない顔がほとんどだった。知っている顔の人たちと、知らない顔の人たちが同じステージやバックヤードで仲良くしている写真はなんだかとても不思議で大人の世界の光景だった。そこに知らない世界が広がっていた。

 

フェス冊子を読んで、知らないけど、なんかよさそうな気になるミュージシャンやバンドの名前をメモにとり、地元のツタヤ、ゲオに行った。ほとんどなかった。ゲオの中古販売コーナーがあったので、そこでもないか探した。そこでようやく見つけたキリンジの「For Beautiful Human Life」というアルバム。中古で900円くらいだったと思う。冊子で見て写真と文章だけで知っていたキリンジってグループのやつがやっとあった!という喜び、運命的な出会いも感じ、何度も聴いた。すごく大人なアルバムで、背伸びしてる感が半端なかった。

 

その後も、雑誌、主にロッキンオンジャパンとその系列の雑誌を読んで知らない単語、名前をメモして、レンタル屋やCD屋に行って音楽の世界を切り開いていった。ロッキンオンジャパンはその後、自然と買わなくなっていったが、10代の頃、だいぶ世話になった。ディスクレビューで知り、聴くに至った作品は数知れず。ハガキも送った。投稿が掲載され、口ロロというヒップホップユニットのTシャツやYO-KINGのサイン入りのTシャツなど当たって嬉しかった。

 

「ロキノン系」と言われるバンドに関しては、聴いて好きなものも、良さがわからないものもある。ロッキンオンジャパンを10代に読んで過ごした自分が「ロキノン系」の趣味を持っているのかどうかはわからない。しかし、2003年9月号のフェス特集小冊子がサブカル的な方向へと音楽を探索していくきっかけとなったことは確かだ。岡村靖幸もThe ピーズもキリンジもそこで知った。そういう意味で、私は「ロキノン系」なのだろう。

 

20代になってからは、ロッキンオンジャパンは読まなくなった。フックアップされる新しいバンドにノレなくなってきた気分もあったが(andymoriとかは好きだったけど)、スマホを使いだし、Twitterを使いだしたのが大きい。音楽情報を集める手段が変わった。ネットにないようなコアな情報は、もっとロキノンよりコアな別の雑誌を読んで集めた。ナタリーのようなサイトの普及もロキノン離れに拍車をかけた。

 

昨今はSpotifyやApple Musicで無限に様々な世界中の音楽をきくことができる。いまの田舎の中高生が羨ましい。きっかけさえあれば、田舎にいても新しい世界に触れ世界を広げていくことができるのだ。

それでも、自分のすごしたあの中高時代はかけがえのないものだったと思う。あの頃はよかったというただのノスタルジーかもしれない。しかし音楽は、どうそれに出会うかも重要だと思っている。

 

Spotifyの便利さも享受しつつ、ついつい運命的ななにかを求めて本屋に行ったりレコード屋に行ったりしてしまう。だから、田舎のCD屋や本屋がなくなっていくのはやっぱり悲しい。

よくわからないからって耳を塞げばそれまでの自分。ちょっと背伸びして耳をすませば広がる世界。

高校2年の冬、ZAZENBOYS 3というアルバムに出会った。ZAZEN BOYSというバンドのことはそれより以前から知っており、フロントマンの向井秀徳がいたバンドNUMBER GIRLの代表的なものとZAZEN BOYSの1枚目と2枚目の音源は聴いていた。

 

それらが好きだったので、当時の新譜であるZAZEN BOYS 3を高鳴る期待とともにに地元のCD屋である玉光堂の視聴機で聴いた。一曲目から不穏なギターに乗せて「社会の窓が開きぱなし」と歌われ、その後の曲でも一貫してシュールな世界観が展開された。ZAZEN BOYSのそれまでの音源でもシュールな曲はあったが、例えば「半透明少女関係」のようなアッパーな四つ打ち、「KIMOCHI」 みたいなメロウな詩情、「CRAZY DAYS CRAZY FEELING」のようなアーバンで洒落たナンバーが含まれていて、それがフックになっていた。しかしそういう曲は、このアルバムに一曲もなかった。

 

困惑した。これは変なアルバムだ。これっていいのか?わからなかった。ただ、つまらなくはなかった。手放しで、最高、とも言えなかったが。とりあえず、買おうと思った。これはきっとクラスでも買う人はいないだろうと思ったからだ。背伸びをしたい年頃だった。

 

そして何を思ったか、このアルバムを、当時好きだったクラスの女の子に貸した。自分はこんな尖ったものを、変なものを好んで聴くんだ、というアピールをしたいという自意識をこじらせた挙句の行動だった。案の定、その女の子と付き合う夢は叶わなかった。

 

いまになり、そのZAZEN BOYS Ⅲを聴きなおしてみると、よい。普通によい。当時は、なんだかよくわからないアルバムだ、という印象が強かったが、今の自分の耳で聴くと、素直にかっこいいアルバムに思える。

 

考えてみると、「冷凍都市の暮らし、あいつ姿くらまし」というZAZEN BOYSの楽曲の中で繰り返し出てくるフレーズが内含している都市に生きる者の感じる狂気というようなテーマも、社会人になり都会で暮らし初めてからなんとなく肌で感じられ理解できるようになったものの、北国の高校生だった当時の自分にはいまいち理解できないものでもあった。冷凍都市と言っても、冬にはマイナス20度になる、比喩ではないマジの「冷凍」都市、というか町、冷凍タウンに住んでいた。

 

改めてこのZAZEN BOYS Ⅲを聴き返しバンドの歴史の中で位置付けてみると、その後のZAZEN BOYSの「ZAZEN BOYS 4」「すとーりーず」で展開されるような、よりシンセをフィーチャーしたミニマルで奇天烈な80sニューウェーブ感もある楽曲の方向性へと向かう前の、移行期にあたる作品なのではないかと感じる。

 

「Friday Night」のシンセと直線的なビートのドラムによるニューロティックなイントロからはじまり、「繰り返される諸行は無上 よみがえる性的衝動冷凍都市の暮らしあいつ姿くらまし」といういつものフレーズをかました後に前衛的かつクールなギターが入ってくる感じの秀逸さ。そして、「Tombo Game」の気だるい中にも狂気を孕んでいる感じから、「Pink Heart」での楽曲のメイキング過程を切り取ったようなセッションをはさみ、「RIFF MAN
」で法被をきたレッドツェッペリンと呼ぶにふさわしい轟音に雪崩れ込む流れの素晴らしさ。

 

全体を通して、このアルバムからアヒトイナザワにかわりメンバーになったドラムの松下敦の音がドスンと迫力があり録音が生々しい。

 

「半透明少女関係」のようなナンバーガールからの流れをくんだダンサブルなナンバーは当時から素直にかっこいいと思って好きだったが、このアルバムに入っているような曲こそ、長く聴き続けていける類のものだと感じる。

 

このように10代の頃にZAZEN BOYSⅢのような音楽に出会い、向き合うことができたのは、背伸びをする気持ちがあったからだ。自分の安全圏から飛び出して、音楽を知る、探しに行く、その姿勢があったから、世界を広げることができた。より豊かな楽しさにつながった。

 

自分の好きなものに固執して、自分の価値観、自分の安全圏にとどまっていたままでは、食べ物でいえば「駄菓子が好き」のレベルから這い上がることはできない。

 

ただ、音楽に教養主義みたいのを持ち出すのもウザい。全然よさがわからないのに、それが権威だからといって無理して聴く必要はないと思う。

 

しかし、好きな音楽から手を伸ばしその周辺や遠いルーツを模索することは、より大きな豊かな世界へと開けていることは確実にいえる。つまらない教養主義を辟易するあまりに閉じてしまうのはもったいない。閉じてしまうのは、教養主義でマウントとるために音楽聴いて悦に浸っているのと同じくらい愚かなことだ。

 

背伸びをして音楽をきく。音楽だけじゃない。背伸びをする姿勢が豊かさにつながる。文化に敬意を払う。文化と戯れる。文化の中に飛び込む。それは素敵なことだろう。退屈は敵。楽しい方へと進みたい。

ゲスい音楽。The ピーズ 「マスカキザル」について

人間、生きていれば、色々な気分になることがある。品行方正で、良識のある人間でありたいとは思うが、毎日、常にそうであるのも難しい。 時には、ゲスい気分になることもある。

 

情けないことかもしれない。私はゲスい気分を捨て去り生きれるほど悟りの境地には至れていない。むしろもがいている。

 

ゲスい気分の時は、ヤケ酒を飲むような勢いで、聴いてしまう音楽がある。それは、The ピーズ、1990年のアルバム、「マスカキザル」。

全10曲、28分。驚くほどに、ゲスい曲しか入っていない。

 

 

The ピーズは、男の情けなさ、やるせなさ、哀愁といった湿度の高いものを、乾いたロックンロールサウンドに乗せて燃え上がらせる3人組バンド。そして、The ピーズの中でこのアルバムほど、ゲスい曲だけで占められたものもないと思っている。スリーピースのパンキッシュなロックンロールに乗せて、モテ要素ゼロのゲスい情けなさが叫ばれる。

 

とりあえず、曲目を見てみれば、そのゲスさの一端が垣間見えるかと思う。

 

1 いいコになんかなるなよ

2 どっかにいこー

3 けばみ

4 やったなんて

5 マスカキザル

6  オナニー禁止令

7 Tel してこい

8 ぼけつ

9 いんらんBaby

10 バイ菌マン

 

 

それぞれの曲で歌われていることの字面だけ受け取れば、粗野で露骨な性的欲求の吐露でしかない。

 

しかし、曲として聴くと、その根底にやるせなさ、無常感、苛立ちの気分があるのがわかる。

 

性的にオープンで、豪快な人たちのやっている音楽ではない。むしろその逆で、シャイで繊細な人たちのやっている音楽だから、やぶれかぶれ感と虚しさと欲望と浅はかさが混ざり合っている。

 

1曲目、「いいコになんかなるなよ」では

 

“いいこになんかなるなよ

頑張ったって無理だ

変わろうたって無理だ”

 

“君はカスだよ

かなりカスだよ

どうせカスだろ

かなりカスだろう”

 

と歌われる。

 

坂口安吾の堕落論のようだ。

善良であろうとしたって無駄だぜ、本質はカスなのだから。堕落することで救われるのは、戦後の闇市の混乱のみならず、普遍的なことか。

 

 

http://www.youtube.com/watch?v=mrwVM4xLqL0

いいコになんかなるなよ、の他、名曲「けばみ」み含むライブ映像

 

6曲目、「オナニー禁止令」。この曲の中のあるフレーズは、フィッシュマンズの「BABY BLUE」という曲の中で引用されている。 表面的な音楽ジャンルは全然違うが、Theピーズとフィッシュマンズの意外な、興味深いつながりを知ることができる。

 

 

 

http://www.youtube.com/watch?v=-hNzSem1agA

オナニー禁止令、ライブ映像。

かっこよすぎてやばい。

 

 

 

 

http://www.youtube.com/watch?v=pfCt0J8GKCI

フィッシュマンズ、BABY BLUE。「意味なんかないねー 意味なんかないねー」の部分がオナニー禁止令からの引用。

これもかっこよすぎ。いつまでも浸っていたい。

 

 

 

 

 

8曲目「ぼけつ」は、これもまたすごい。

年がら年中墓穴掘ってるぜ、っていう曲なわけだが、”ぼけつ”が何を意味するか、以下のように歌われて、わかる

 

“おけつの近所にあるぼけつ”

 

「ぼけつ」を掘りすぎて、墓穴掘ってるぜ、という。

 

そして、アビさんこと安孫子義一のギターリフがかっこいい。

 

 

9曲目「いんらんBaby」では、異常性愛な欲求が歌われている。

 

“名前なんかどうでもいい 育ちなんかどうでもいい  いんらんBaby 独り占め  イクわよって 言ってよね”

 

と始まり、

 

“遠くのほうの別荘で  縄で縛って飼いならし  監禁放題したいぜ”

 

とくる。

 

http://www.youtube.com/watch?v=yr4PYgIRMVQ

いんらんBabyを含むライブ映像

 

欲求のままに果たした後の、あの後ろめたさ、あの嫌な感じ。それをわかっていながらも、そういう願望を持つ自分に苛立ち、開き直り、情けなく思ってウダウダしている。そういう願望自体にも嫌気がさしたり、またそれを抱いたり、悪あがきしている。そんな音楽。

 

30分のロックンロール。心の慰め。 「マスカキザル」、名作です。

ハードボイルドでクレイジーな地井武男を堪能する、おすすめ映画5選

地井武男といえば、どんなイメージがあるだろう。

 

「ちい散歩」などで見せた優しそうな笑顔を思い浮かべる人が多いだろう。

 

パブリックイメージとしては、味のある演技をする名バイプレーヤーであり、優しいおじさん。

 

しかしそれは、地井武男の晩年の姿。かつて、地井武男は松田優作に匹敵するようなハードボイルドでクレイジーな役柄を演じていた。

 

特に、70年代前半、1942年生まれの地井武男のアラサー時代のギラギラ感はすごい。

 

この当時の作品でのギラギラ感は時間が経ち色褪せるどころか、この2018年においてより一層、小さくまとまった私を含む昨今のヘタレ若者のケツを蹴り上げるパワーがある。

 

そんなわけで、70年代の硬派でクレイジーな地井武男が堪能できる映画を5つ選んだ。

 

反逆のメロディ (1970) 

監督: 澤田幸弘

脚本: 佐治乾、蘇武者路夫

出演: 原田芳雄、地井武男、藤竜也、梶芽衣子、青木義朗

 

仁義をなくし金と権力に魂売ったヤクザと、取り残された不遇の若い衆の対立、反抗を描いたストーリー。

 

原田芳雄のワイルドな魅力が全面に出ている中、地井武男も、すぐブチ切れて喧嘩っ早いが熱いチンピラを熱演!

 

70年代の地井武男は、なにやら悪そうなチンピラなメガネをかけていることが多い。この映画でも、悪そうなチンピラメガネ姿で登場している。

悪そうなメガネをかけた地井武男

 

原田芳雄、地井武男、藤竜也、梶芽衣子が一緒にクラブみたいなとこでビールを飲むシーンがあり、胸が熱くなる。

 

仲間と一緒においしいそうにビールを飲む地井武男

 

 

待ち合わせの時間のぴったりに相手が現れたら、「本当に会いたい時には1時間前からくるもんだ!俺は1時間前からきてたぜ!」とか言って、1時間前からビール飲んでワクワクしてる地井武男のチャーミングさ。

 

60年代の輝かしい映画の時代の後、70年代のアナーキーなニューヒーローたちの映画の幕開けとなるような作品。

 

野良猫ロック ワイルドジャンボ(1971)

監督: 藤田敏八

脚本: 藤田敏八、永原秀一

出演: 地井武男、藤竜也、梶芽衣子、夏夕介、前野霜一郎、范文雀

 

ヤングなパンクな者どもの野望と計画と賭けと、それらが孕む空中分解の物語。

 

オープニング、ジープを藤竜也、梶芽衣子、夏夕介、前野霜一郎の4人乗りでオフロードを走っている。そこから4人、走って競争。藤竜也と夏夕介が上半身裸になって走って競争。なんだこの青春感は!

 

地井武男は含めたその5人はペリカンクラブという仲間たち。退屈もてあましては、アジトにたむろし、悪いことしている。

 

仲間とジープに乗っている上半身裸の地井武男

 

 

若者たちの退屈もてあまして刺激求めている感じ、私の世代的には池袋ウエストゲートパークを思い浮かべる。グループのリーダーの切れ者を地井武男がクールに演じている。

 

魅惑と謎の女、范文雀がミステリアスに地井武男に近づく。 正教学会という宗教団体を一泡吹かせてやろうと。正教学会というのは当時からある某組織を戯画化したものだろう。70年代から新興宗教は荒稼ぎをし続けている。

 

范文雀のミステリアスさを警戒していた理性あるクール男な地井武男だが、乗っていた馬から落ちた范文雀を助けに行った時に上目遣いで近づかれ「参ったなぁ」と心許してしまう。最高!

 

范文雀の色じかけ

 

まいったなぁ、となる地井武男

 

 

范文雀とのデートには悪そうなメガネでキメる地井武男

 

後半、男女六人海物語みたいな楽しそうな光景になる。いたずらでケツを出しながらジープで浜辺を駆け抜ける藤竜也、夏夕介、前野霜一郎。 地井武男も含め男たちは基本半裸。梶芽衣子はビキニ。貴重な映像である。

男女6人夏物語の最中にある地井武男

 

左から、前野霜一郎、夏夕介、梶芽衣子、藤竜也

 

 

ラストの終わり方が、ゴダールの映画のような、「えっ?!」という後味なのも良い。

 

エロスの誘惑(1972)

監督: 藤田敏八

脚本: 松田昭三

出演: 中川梨絵、地井武男、福地健太郎

 

ロマンポルノが描く、生と死、瞬間と永遠。生が横溢する時、死と破滅にたどり着く!

 

ゴム工場で働く若い男、福地健太郎の筋肉と汗、肉。工場の中で、明らかに浮いている存在、色気ほとばしる中川梨絵。

場末のゴム工場とバッハの音楽が合わさり、インダストリアルでありながらインテリジェントな風合い。

 

情事の後の地井武男

 

埃まみれのゴム工場に仕事を求めやってきた「なにやらわけありな過去を持った男」地井武男と、強欲な工場長の女として工場に住み込む中川梨絵との欲情まみれた絡み。地井武男の筋肉と肢体が、中川梨絵の白い肉と縺れ合い眩しい。

 

住み込みの部屋ででかい薬缶に湯をわかし、大きな桶のようなものに入り裸で身体を洗う中川梨絵。スポンジで身体にこすりつける泡のエロス。

 

また、とあるシーンでの「赤チン」の詩情がすごい。バッハの音楽が流れる中スローモーションで赤チンが中川梨絵の乳房にかかっていく鮮烈な映像。福地健太郎の白いブリーフと赤チンの対比。

 

ラストの、「押入れから見てて…バーン!」展開。そこからの破壊のスペクタルは圧巻。

 

濡れた荒野を走れ(1973) 

監督: 澤田幸弘

脚本: 長谷川和彦

出演: 地井武男、山科ゆり、井上博一

 

冒頭、悪そうなティアドロップを装着し、コーラを飲みタバコをふかす、男、地井武男。路上で行われていたベトナム戦争救済募金で集まった金を強盗で奪い、その勢いに乗じてその家の娘を犯す。いきなりの鬼畜展開。

 

犯行の後、家の主人が警察を呼ぶ。すると、次の場面で、パトカーのトランクに、犯行の時に身につけていた全身タイツを隠す地井武男ら強盗&レイプ犯たち。そう、まさかの、こいつら警察だったのか!展開。

 

仲間とコーラを飲む地井武男。こう見えても警察です。

 

腐った警察が、組織ぐるみで、金を奪い、女を犯し、暴虐の限りを尽くしていく。

 

ある日、精神病院が火事になり、そこからある男が逃げ出したことで話が一転する。逃げ出したのは、警察の腐敗に気づいて正そうとしたために半殺しにされ精神病院に収容されていた地井武男扮する原田の上司、中村だった。原田たちは口封じのため中村を殺そうとする。

 

最後の場面、不気味に微笑む原田。これは、ある種の「父殺し」の話か。原田にとっての中村は、警察における、先輩、多くを教わった存在。そして、知りすぎた存在。それを殺したとき、原田は悪魔になる。

 

「刑事さん、あなたもかわいそう」という山科ゆりのセリフが印象的。

 

前科おんな 殺し節(1973) 

監督: 三堀篤

脚本: 松田寛夫

出演:池玲子、杉本美樹、片山由美子、地井武男

 

前科持ちで、刑務所で同じ部屋をシェアしていた姉ちゃんたちが繰り広げる復讐劇。70年代のピンキーバイオレンス映画のスター、池玲子と杉本美樹の共演が楽しい、強い女性が男どもをぶちのめす映画。

 

父親をやくざに殺された池玲子。池玲子が刑務所に入ったのはその復讐でやくざに襲いかかったから。いつかまた出所した暁には必ずやくざの親玉をこの手で仕留めると心に誓っている。しかし、そのやくざの親玉のおんなは、ムショで絆を深めた杉本美樹だった! もつれる運命。

 

地井武男はバイプレーヤーとして、日本酒の一升瓶をつねに抱えている狂犬男のテツを熱演。最後は、割れた日本酒の瓶を武器にしての大乱闘。

 

一升瓶を持ちながら暴れる地井武男

 

死闘の果てにお互いを認め、

「あたしを出し抜くなんて、あんたまるでマムシだね。」

「そういうあんたは、ガラガラヘビかい。」

と、お互いをへびに例えての池玲子と杉本美樹の掛け合いが秀逸。

 

 

以上、ハードでクレイジーな70年代の地井武男を堪能できる映画5本について書いた。

 

地井武男はもうこの世にはいない。しかし、その勇姿は、フィルムに焼き付けられている。そういう意味では、2018年の今も、生きている。

 

実は、昔から、地井武男の時折見せる鋭い眼光にはずっと気になっていた。「ちい散歩」でも、笑顔の合間に、ふっと見せる漢の眼差しが心にひっかかっていた。70年代も、往年の時も、その時々の姿で、地井武男はかっこいい男であり続けた。

 

https://www.youtube.com/watch?v=BRw2WZ6MxHQ

春の宵、「ちい散歩のテーマ」を聴いて、地井武男に乾杯したい。

 

ありがとう、地井武男。

Takuya Nagabuchiの冠ラジオ、I’m a super starも第4回目の放送を聴いた。

3月ももう終わる。東京の街にも桜が咲き始めている3/24の週末土曜日は、Takuta Nagabuchiの冠ラジオ、「I’m a SUPER STAR!」の第4回目の放送日。

 

今回は、リスナーから届いたメールの紹介からはじまった。

 

ほんまもんのラジオ、おめでとうございます。

2014年、ライブで見て、正真正銘の大バカ者や!と思って以来ファンです。こんな気持ちになるのは、Takuyaさんと、よこいゆきひろさんだけです。

 

といった内容のメールだった。

 

 

よこいゆきひろさん とは、長渕剛のコンサート会場の近くで路上ライブをしている、パフォーマーの方のようだ。

 

よこいゆきひろ  純恋歌 カバー

 

スタジオに是非遊びに来て欲しい、とTakuya。もしそれが実現すれば、複数時代の長渕剛をクロスオーバーさせてのダブル長渕剛でのスタジオライブが聴けるかもしれない。

 

「ほんまもんのラジオ」というのは、四年前、Takuya Nagabuchiが「ラジオ風の番組」をやっていたということに関連しているようだ。

Takuya Nagabuchiは自分で収録した音源をユーチューブにアップして、ラジオのまねごとやつていた。10分フライデーといいながら、20分くらい毎回やっていたらしい。

 

 

Takuya Nagabuchiの「ヨークニテル ジュップン FRIDAY」

初期衝動が感じられる、荒削りだが、ラジオへの愛が伝わる録音だ。

 

 

いまは、「ほんまもんのラジオ」をすることができている

ラジオのまねごと時代から聞いてくれている人の存在を本当に嬉しく思う、とTakuya。

 

 

そこから、

 

「今週も張り切っていきましょう!Takuya Nagabuchiの、I’m a SUPER STAR!!」

 

とタイトルコール。

 

 

どうやら、このタイトルコールのどなりは録音したものを使いまわしているのではなく、毎回放送のたびにどなっているようだ。なので、毎回テイストがちょっとちがう。その違いを聞き分けることができるマニアックなリスナーが出てくるくらい、ラジオが盛り上がってほしいと豊富が語られた。

 

 

そして、Takuya Nagabuchiの趣味についての話に。

もともとギターを弾いて歌うのが趣味だったが、それはいまは仕事になった。絵は、たまにかくが、スキルが止まっている状態とのこと。幼少期、ドラマのとんぼの最終回で血だらけで徘徊する長渕剛の絵を描いてきたころから、絵を描くのは好きなようだ。

 

現在の趣味として本格的に取り組んでいるのは、走ること、とのこと。6年くらい前から、名古屋のシティマラソンにも毎年参加しているそうだ。最近は、春になり暖かくなってきたので、公園の外周をよく走っている、と。「ラジコはいい。走りながら聴ける」とのこと。ラジオが好きなのだな、Takuya Nagabuchi。

 

 

また、続いてリスナーからの質問、

「Takuyaさんの今の一番の目標は?」と

 

大きな目標はつねにある。武道館で歌うだったり。

しかし、それはすぐに手の届かないとこにある。

それを追うより、まず一番ちかくの目標をひとつずつものにしていくことが大事だと語るTakuya Nagabuchi。ギターのフレーズをひとつマスターするとか、そういう小さな達成を積み重ね、大きな目標に向かっていく、と。

 

「夢見る頃をすぎても」、という佐藤拓矢名義での曲もあるが、マイペースかもしれないが、一歩ずつ地面をならすように進んでいくスタイルを大事にしているようだ。

 

最近は、Takuya Nagabuchiを知るところから入り、佐藤拓矢のオリジナルソングを聴いてくれる人も増えてきているらしい。

 

自分の歌でツアーをやりたい、セカンドアルバムもつくりたい、

もっと多くの人に聴いてほしい、と強く思っている、と。

 

 

今日は、たまには、ぼくの分身、佐藤拓也の曲をきいてみましょう、と紹介されたのは、アルバム「アナザーミー」から、「時空旅行者(タイムトラベラー)」

 

 

渋谷で行われた佐藤拓矢ワンマンライブからの映像。

 

 

タイムトラベラー、とてもいい曲だ。

 

“泥臭い昭和のおとこにみせられた少年は

そのまぶしさにふれたくて

あこがれをいつしか才能にかえた

なれたいものにはなれたかい

アンチは蹴飛ばし さあいこう”

 

という歌詞が、Takuya Nagabuchiとして、長渕剛をリスペクトして長渕剛に憑依して表現する男の腹を括った生き様を思わせ、グッとくる。

 

 

そして、弾き語りのコーナーへ。

 

ラジオネーム、ふんどし茹で太郎からのリクエストで、「鹿児島中央STATION」。

 

ふんどし茹で太郎、とは、これを書いている私のことです。

送ったメールが読まれた!

ラジオでメールが採用されるのは本当にいくつになっても嬉しい。

テンションがぶちあがった。

 

ギターは、YAMA FC180。DADGADチューニングで。「鹿児島中央STATION」のスタジオライブ。

 

素晴らしくかっこいい。切り裂くようなギターとシャウト。

 

 

Takuya Nagabuchi、完全にファンだ。

 

毎週ラジオ聴いていると長渕剛、そしてTakuya Nagabuchi/佐藤拓矢がどんどん好きになってくる。

 

今週のエンディングソングは、「逆流」。

 

 

長渕剛、1980年のパフォーマンス 「逆流」

 

4/15には、鹿児島でのSPECIAL LIVE IN KANOYAも控えている。

 

これからも、Takuya Nagabuchiから目が離せない。

 

来週のラジオも楽しみである。

バイアグラを飲んでみた ~あるいは日常と虚無について~

また金曜日がやってきた。なんとか仕事をやり過ごし、たどりついた金曜の夜。もう60年も前に、イギリスの作家は、労働者の休息について書いていた。

「だって土曜日の夜じゃないか。一週間のうち最高の、いちばん心はずむ陽気な晩。一年365日の重苦しいでかい輪のなかに52回しかない息抜きの晩。どうせぐったり寝て暮す安息の日曜日への狂暴な序曲。」(『土曜の夜と日曜の朝』アラン・シリトー)より

60年たって、変わったのは、週休二日制により、土曜の夜が金曜の夜に変わったことぐらい。労働者のノッペリとした日常は変わっていない。別に週末に何か楽しいことが待っているわけでもないのだが、仕事をする必要がないということだけで、幸せを感じるってことが少しおかしいと思うのは、私が大人になりきれてないからだろうか。

そんなこと考えながら、友人数人とLINEをしていると、その内の一人がバイアグラを今日の飲み会に持ってきてくれるとのこと。前々からバイアグラを飲むとどうなるかということで、バカ話をしていたのだが、今日実際に飲んでみようということになった。飲んだことのある友人の話では、体に顕著な変化が生じるとのこと。自分の感情とは関係なくエレクトがおさまらなくなるということである。

私は飲んでみたいと思った。異常な怒張を経験することで、この果てしなく続く日常、のっぺりとした起伏のない毎日に、風穴をあけることができるのではないかと。そう、『太陽の季節』で主人公が自分のイチモツで障子をぶち破ったみたいにだ。

信じてほしいのだが、おれは不能者ではない。バイアグラなしで正常な行為は営める状態ではある。また、おれは違法な薬物を摂取したことは一度たりともない。しかし、法律を犯さない範囲では、人間はどこまでも享楽的になるべきだと思っている。もし、この青い錠剤で少しでも日常の重力から逸脱できるのなら、それは拒むべきではない。

飲み会の最中、その友人から1錠渡され、飲んでみた。おれ以外に、他2名が半錠ずつ飲んだ。おそらく周りに20名ほどの男女がいるが、この試みを知るものは私たち5人のみである。

経験のある友人が言うには、30分ほどで効果が出始めるとのこと。まず、飲んで10分ほどで、顔がほてってきた。なにか熱を感じる。また、周りの友人からは、目が充血していると言われる。怒張は、血管の膨張であるから、何かしらの影響は出ているということである。しかし、30分たっても、アレの変化はない。薬が効きやすいように、空腹で飲んだというのにである。まあ、個人差はあるので、もう少し待つことにした。が、1時間たっても軟体動物のままであった。

やはり、周りに不特定多数の人間がいる状態ではダメなのか。白いガウン一枚で、ベッドの彼女のもとにダイブする状態で摂取しなければ、エレクトしないのか。私は煩悶した。「ケミカルがラディカルにノッカル。だけど、ロゴスがパトスをコロス。そして、戻される日常、なんだか無情」なんて、リリックを口ずんで、気丈に振舞っていたが、内心、ああ、またかと日常のしぶとさを認めざるを得なかった。まわりで談笑する楽しそうな男女たちの声が、おれの耳になんだか遠く響き続けた。

 

P.S.おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。だから、今度は4錠飲んでみます!

無職で鬱の目標

朝起きて時計をみる。

時間は午前10時近く。

「今日から仕事いかなくていいんだ」という安堵感と同時に

「会社の同僚たちは今の時間必死に働いてるんだろうなぁ」とか思っちゃったけど、

会社の事を思い出すだけで胃が痛くなった。

もうあの会社でのことは思い出したくもない。

 

午後からは天気も良くなってきたので無職の聖地、新宿中央公園に行ってきた。

しかし、そこに仲間はもういなかった。

初めてこの公園に来た十数年前は、至る所に仲間がいたのに、いまは姿形もない。

東京都庁のお膝元に無職たちが戯れる公園がある。

当時「社会性がない作品はクソだ」とか言って社会派ぶってた20代そこそこの僕には、格差社会を体現したようなこの場所は、とても滑稽で不思議な場所だった。

しかし、今はただの公園。ブログ用に写真だけ撮って帰ってきた。

なぜ無職は公園に行きたがるのか?

 

とりあえず今後の予定

実は退職するときに会社から提案されて、僕の退職日は4月末になっている。

(会社の制度で4月中は自宅待機という形で給与の半分は出る)

なので3月は有休消化、4月は軽くバイトでもしながら最後の給与半分をもらう。

5月に離職票が届いたらそのまま必殺の診断書を突き出して

特定理由離職者制度(※)の威力を発揮させてもらおう。

失業保険がもらえる期間はMAX6ヵ月。つまりほんとに何もしなければ11月まで無職は可能・・・・・。

まあ、そこまで無職やっていたらあの世へ旅立つことも視野に入れとかないと。

その間に自分でお金生み出せるようなこと考えたい(まだなんも見えてない)

一応就職活動も。。。

※特定理由離職者については下記の記事を参考に

http://jincouchinou.com/2018/02/23/tokutei/

 

無職のうちにしておきたいこと

無職中はさすがに何もしないわけにはいかないので目標をいくつか立ててみた。

・1日1記事ブログを書く

・本を読む

・プログラムを学んで仮想通貨の自動売買システムを作る(Pythonで)

・旅に出る

・料理上手になる

松岡茉優似の彼女を作る

 

ブログは1日1記事を目標にガンガン発信していきたいすね。とりあえず量をこなしていきたい。

アフィリエイトについても勉強しとかないと。

プログラムは、せっかく学んだのに仕事ではほとんど使うことがなかったのが残念でならない。

義務教育でもプログラムが学ばれようとする時代。この経験を生かさない手はない。

僕が学んだのはjavaという言語だが、AIやディープランニングなど、そういう分野に興味があるので、

その分野でよく使われている言語のPythonを学びながら、なにかしらシステムを作りたい、と思っている。

旅は国内、海外どこにいくかとかは具体的には決めていないけど(暖かいところにしようとは思っている)

この機会にどっかいってみよう。

料理はね、料理もできるようになれば専業主夫という就職先もありえなくはないんじゃないか、という期待も込めて。

なんだったら掃除洗濯もするし。

 

そして、、、松岡茉優。理由は言わずもがな。

神様、お願いです!

他の目標はどうなってもいいのでこの目標だけは達成させて下さい!!

無職が世界の中心でアイを叫んだけもの

平成30年3月20日、僕は仕事をやめた。

 

職場のビルを出た瞬間「節子ーーー!」と叫ばずにはいられなかった。

 

何も成し遂げていないのに、ただそこの職場から脱出できる!という解放感だけで

バドミントンやっていてIH出場決めた時より達成感があったように感じた。

いや、ただホントに逃げ出しただけなんだけど、、、。

そこが逆に切なくもある。これが社会人になってから数十年経た結果かよ、と。

 

ここ数か月は毎日朝起きるのが地獄で、朝を迎えたくないから寝れずに睡眠不足になる。職場にいるだけで胃がキリキリして変な汗をかくこともあった。

 

それは最終出社日まで続き、最終日も「何事もなく無事に返してくれ!」と願うばかり。

実際ここ数日は何事もなく、毎日椅子に座って胃を痛めながら残っている残作業を粛々とやって定時がきたら帰る。という生活を送れていた!

 

しかし、人生はそう甘くなかったですね。

午後を迎え、安堵しかかっている僕のもとに上司が「これどーなってんのか確認しろよ。」と書類を持ってきて迫られた。

???のまま話を聞くと、僕が以前に納品した納品物に問題があったらしく、上司のもとにクライアントから問題の指摘箇所がびっしり書かれた書類が届き、その原因と対策をどうするのかまとめろ。という事らしい。

原因は「社内で俺の納品物をチェックする奴がいなかったからじゃねーかよ。」と叫びたくなったが、一応ひとりでやっていた仕事でもあったので渋々作業を行う。

 

が量が多く、定時を過ぎても残業確定。

あれ?おかしいな、今日は最終出社日なんだけどな。

このままだと仕事残ってるから木曜以降の出社も求められるんじゃないか、とか最悪の展開が僕の脳裏をよぎる。そうなったらほんとに出社拒否するしかないよね。どうしようかな。

ララララー、ララララーとくるりの“東京”が脳内BGMで鳴り響く。

 

そんなことしているうちにオフィスも一人二人と帰り、気づけば上司も帰ろうとしている。

そこはさすがに慌てて止めた。

僕「この書類はどうしましょうか?というか私、今日が最終出社日なんですが?」

 

上司「そうだな。後でメールで送ってくれればいいや。出来たところまででいいからメールで送って。」

僕「使用していたPCなど、デスク周りのものはどうしましょう?」

上司「PCはとりあえず机の中にいれておいて。あとは残っている人達に預けておいてもらえばいいや。」

 

と言って上司は疲れた顔をして帰っていきました。

最後の挨拶はこれだけです。いやほんとにマジで。自分がおかしいのか?

 

僕は唖然とするとともに、これまでの10か月が走馬灯のようにかけめぐり、

「この10か月は何だったんだろう??」という虚無感だけが残りました。

 

いやほんとに何だったんだろう???

結局、自分にとっても、会社にとってもマイナスにしかならなかったのでは?

 

肩の力が抜けてしまった僕は、そそくさとメールを送り、後片付けをして帰りました。

退館申請の為、最後に対応してくれた方がいい人で、玄関まで見送ってくれたりして、ちょっとだけ救われた気にもなりましたけどね。

 

もうこんな経験は二度としたくないんで僕が感じたことを残していきたいと思います。

 

今回の教訓

1.この会社の環境、なんかおかしいな、居心地がよくないな。と感じたらすぐ次の選択を探した方がいい。

2.上司の姿は未来の自分の姿。

3.会社以外に自分の居場所を作る。

 

1に関しては、なるべく早く決断する勇気が必要。

一ヵ月いてみてその環境に馴染めなかったから、プロジェクト単位で一時的に好転することはあっても長期的には良くなることはありません。

2に関しても、辞めた職場にいた上司は、一緒に飯食いに行ったときに、青白い顔して「死にてー」とかこぼしてるんですよね。夜、残業してるときに疲れてデスクで仮眠とってる姿も見たことあるんですけど、その余裕のなさは下に働いている僕の所にも響いてきましたし、何よりここで働いて出世してもああいう姿になっちゃうんだと思ったら、絶対に続けていきたくないです。

3は鬱になってしまった時、誰も頼る相手がいなくて、ひとり家にいて会社と往復するだけの生活だったらと思うと今でもぞっとします。このブログや飲み会の場で愚痴をこぼしたりする友人がいたからこそ救われた部分はかなり大きかったんじゃないかと思って感謝してます。

趣味でも何でもいいんで、私生活で仕事以外のコミュニティに入るというのは仕事と同じくらい大事だと思います。

 

最後に

生きる選択肢は一つではない。

仕事辞めたって、ダメだって、他の所で自分の価値を見出せばいい。

 

「そうだ!僕はここにいていいんだ!」

エヴァに乗らなくても自分が存在する価値を見つけたシンジ君みたいに。

 

そして見出せた時に言われたい。

 

おめでとう

【第3話】女一人で島バイト。いざ直島へ。謎のユニット ウサギニンゲンとは。マスターおすすめの写真家はトムサックス。蝶のタトゥーにはご注意を。

その日は台風が迫っていた。

ご近所の『島小屋カフェ』でなんやらイベントがあると聞き、バイトの3人で行ってみる事に。

隣の豊島から来てた「ウサギニンゲン」っていうユニットが演奏?上映?。。

ウサギニンゲンの演奏を見てみた。。
すごい、アナログ!そして抽象的!
ドラムと映像のセッションなんだけどドラムもわけのわからん打楽器が沢山付いてて映像なんてお手製のはた織機みたいなのでコロコロと描きながらプロジェクターに映す。。

台風の風の音と重なってより迫力を感じた。

ウェルカムドリンクを最近移住してきたおっさんが作ってくれた。

ほとんどテキーラやんけ!!!

と、ウェルカムドリンクにめちゃ強い酒を出したおっさんに対してついこちらも強めの言葉が出てしまった。
自称45歳だけど、どーみても50代だった。気持ちは若いのだな。

ウサギニンゲンさんは夫婦二人でやってる。上演が終わって話を聞いてみたら、元々は関東でサラリーマンとWebデザイナーだったそうな。
どうしても海外に住みたくて二人でドイツに移ったけど、英語も話せないし仕事もない。。大変な日々でとりあえず今やってることをやり始めたら仕事に出来たって話をしてくれた。
奥さんがWebデザイナーやってたからそれが今の作品に生きてるって旦那さんが話していた。
そして日本に帰ってきて豊島でのんびり暮らしてる。
豊島にはウサギニンゲンの劇場があるんだけどオフシーズンは観光客もすくなくてお客さんが一人の時もあるけど一人でもいたら上演するそうだ。
案内はほとんど島の人の口コミで豊島の人は優しいって、その時酔っぱらっていたけど楽しそうでポジティブなのが印象的だったな。

Instagramもしていて見てたら本当に素敵な島暮らしを送ってる。畑仕事や季節の食べ物や小物を手作りしてたり、劇場で使うものを制作したりノンビリ楽しそう。

ちなみに、豊島も美術館が何個かあって心臓の音を録音したりおもしろい物が多い。横尾忠則の美術館の作りは最高だった!

カフェも直島よりオシャレな気がした。

その日、遊びに行った『島小屋』はゲストハウスに小さな本屋とレンタサイクルがあるカフェです。
そこのマスターがセレクトする本は面白かった。
冬に、生ビール下さい!って言ったら今日はサーバー洗うの面倒だから瓶ビールにしてくれってダルそうに言われたw

野菜の本とか洋書とか写真集とか色々あった。
その時見付けた写真集で好きなやつがあった。

昔の香港のスラム街、クーロンを撮った写真集があって私はほとんど学校のお勉強をしてなかったので歴史の話は知らなかったけど面白かった。マスターが情報と感想を交えながら色々教えてくれる。

少し前に、バイト仲間と『スワロウテイル』を見たばっかりだったからなんだか¥タウンとダブってロマンチックな気持ちになった。

『リリィシュシュのすべて』を観てから岩井俊二監督さん作品は悲しくなりそうで見れなかったのと蝶々のタトゥーの女は信用できないと思っていたので、その時に初めて『スワロウテイル』を観た。一言で感想を述べると、、三上博司ってこんなにカッコイイのか。。!

それから色々な写真集を見ながらお話してたら、マスターが私にオススメのある写真家を教えてくれた。

トムサックスと言うアーティストで調べてみたら2017年ナイキとコラボしとる!!!!

完売!

くーーー!どこの情報通の金持ちが買ったのか。羨ましい。

トムサックス、、どーせ東京は代官山の蔦谷とか行かなきゃ写真集ないのかなーって思うと東横線は憂鬱で更に遠い存在に思えてならない。

適当にお話しながらお買い物出来るのは田舎の良いところDAYONE !

どんな音楽聴きます?の質問に対する回答について

どんな音楽聴くんですか? 私はこの質問を受けると少なからず身構えます。多くの場合、相手に合わせて回答をチョイスするのですが、相手が全くの初対面の場合だと、難しいですね。なんと答えるのがベターなのか。

 

そんなの好きなものを正直に答えればよいのだと、あなたはおっしゃいますが、これがむずかしいですよ、私みたいな自意識をこじらせてる人間には。

 

前の職場の時、飲み会でほとんど話したことのない隣の部署の男性(40代)と隣になり話すことがあったんです。その人の印象は、超真面目で博士みたいな感じで、普通にJポップとか聞いてるのかなと思っていたんですが、話してみるとメチャクチャ音楽詳しかったんですね。エルメット・パスコワールとか、ジョン・ゾーンとか聴くとかで、ビックリしました。私も、そういう硬派なジャズ界隈の音楽聴きますって答えたら、相手もびっくりして、「EXILEとか聴いてると思ってた」って言われました。おれって、EXILEなんか聴くように見えます? まあ、お互い全く印象とは違う音楽を聴いていたんですね。たぶん普通の職場(マスコミ、エンターテイメント関係でない普通の企業)での飲み会での20代男の回答としてはありなのかな、EXILEは。

 

 

僕の回答としては、「チャットモンチーとジャズかな」と答えることが多いです。実際の聴いてる音楽の8割はジャズ界隈なのですが、ジャズって答えるとこいつ気取ってるって思われそうで、チャットモンチーっていう少しスノッブなものも入れて中和しようかなと。だけど、チャットモンチーしか聴きませんとは絶対に言えないのです。ここに自分の悪性の自意識がハムスターなみに空回りしてるのがわかるでしょ。

 

 

だいたい高校生ぐらいで背伸びしたくなって、すこしコアな音楽、難しい音楽ってのに触れる機会が出てくるんですかね。ロックとかでもロッキンオンとかの雑誌読んだり、インディーズバンド聴いたりして。思い出すんですが、高一の時、チャゲアスの新作アルバムを買ったということを学校で話していたら、別の友達に失望されたということがありました。まあそいつも聴いてるもんといったら、ボンジョビとかだったんですがね。

 

先日友人の結婚式で使う音楽として、おすすめの曲を持ち寄ろうということで12曲ほどのリストを提出したんですね。その内7曲をジャズ(インスト)が占めたんですが、すごく不評で「この選曲は逃げだ」とか言われました。まあ「逃げ」でジャズ聴いているってところもありますね。大体好きな音楽っていう質問にジャズって答えると、相手はツッコんでこないんですね。大抵の人はジャズ聴きませんから。自分で言うのもなんですが、自分ぐらいの歳の人間としては、それなりにジャズを聴きこみ、結構詳しいつもりでいます。だから、ジャズについての知識のない人間との会話では、それ以上自分の音楽における文化度の浅さが露呈してしまう可能性がすくない。よって、好きな音楽の回答としては、ジャズは無難な選択なのです。

 

 

ジャズが無難な証拠として、居酒屋、ファミレス、カフェといたるところで、ジャズはBGMとして流れてます。大部分がインストである、歌詞あったとしても英語詞であるということ、そして程よいカジュアル感がジャズの受け入れられている要因だと思います。クラシックほどオーセンティックではないが、ポップス、ロックほどスノッブな印象も与えないというところがBGMとして氾濫している要因なのです。

 

 

しかし、ジャズを本当に好きで聴いているのか、理解できてるのかって自問すると、ちょっとわからないですね。まあ、そんなに音楽に対してシリアスにならなくてもよいという声もあるのはわかるんですが、実家の自室の畳の上で、長渕やチャゲアスを胡坐をかいて聴いていた中学時代の方が、音楽を欲していたと思うし、真摯に向き合っていたと思います。

 

 

最近コアな音楽を好む友達ができたので、音楽に対して少し意識的に向き合うようになりました。難しいっていわれる音楽とか、芸術性とか大衆性とか、そういうものについて次は書いてみようと思います。

 

では、来週までの宿題、以下の1つ目のリンクは映画「サウンド・オブ・ミュージック」の劇中歌の「My Favorite things」、2つ目のリンクはジャズミュージシャンのジョン・コルトレーンが「My Favorite things」を演奏しているものです。来週までに聴き比べてください。

 

 

https://youtu.be/wQZrXi9huZkhttps://www.youtube.com/watch?v=33o32C0ogVMhttps://youtu.be/mHgPZfNlI6I

 

2つ目の演奏わかりましたか? アートって素晴らしいものですね~、では、さようなら、さようなら