それって、 人生をダウンサイズ? アレクサンダー・ペイン監督最新作、「ダウンサイズ」を観て考えた、ユートピアとカルト宗教

ここではないどこかへ思いを馳せる。

 

つまらない仕事。もっといい仕事はないか。パートナー、きっともっと最高に合う人がいる。

 

いまよりもっと、いい世界がある。

 

 

問題に直面した時、不満な時、ここではないどこかのユートピアを夢想する。矛盾や葛藤のない世界。

 

 

しかし、そんな都合のいいユートピアは存在しない。存在するというふれこみには、警戒した方がいい。

 

 

 

サイドウェイズ、ファミリーツリー、ネブラスカのアレクサンダー・ペイン監督の最新作ダウンサイズ(2018)を観てきたが、そんなことを考えさせられた。

 

 

 

アレクサンダー・ペイン監督にしては珍しく、SF。人間を小さくする(ダウンサイズする)

ことのできる薬が発明され、それを活用して環境問題も解決しながら小人の優雅な暮らしも楽しみましょう、という世界の話。

 

 

 

主軸としてあるのは、オマハ出身(アレクサンダー・ペインといえばオマハ!)の冴えない理学療法士、マッド・デイモン扮するポールサフラネックの悲喜劇。ジリ貧の暮らしから脱するべく、ダウンサイズして新たな暮らしを手に入れようとするも、ある人物の予想外の行動により、夢の暮らしのはずが、散々なスタート。

 

結局、夢の暮らしと期待していた世界でも、ボンクラな日々。やけになって上の階にすんでいるクリストフ・バルツ扮するドゥサンのパーティに参加。なれないパーティではしゃぎすぎて酩酊。朝方やってきた掃除の女、ラントランとの出会いがポールの運命を変える。

 

 

映画では、環境問題への意識の高さとカルト宗教の親和性を、皮肉たっぷりに滑稽に描いている。

 

オウム真理教にはまっていったのが社会への問題意識が高い人物が多かった事例でもわかるのは、高潔で社会の矛盾を許せない寛容ではない人ほどカルトにはまりやすいということ。

 

 

矛盾や葛藤を受け入れられないから、受け入れたくないから、世界はこうなっている、というシンプルなストーリーに惹かれてしまう。シンプルな世界の枠組みの中では、敵が誰かであるというのもシンプル。敵を排除すれば、そこにはユートピアが待っている。

 

しかし、矛盾や葛藤を排除した先に待っているのは、考え方の違いを受け入れない、グロテスクでのっぺりとした世界。そして、そののっぺりとした世界を支えているのは、どこかの誰かからの搾取だったりする。

 

人間がダウンサイズする、というSF設定で、ユートピア幻想への警鐘を鳴らす、というか、そういうのにはまっちゃう奴ってバカだよね、ってのを意地悪に悪趣味なジョークを交えながら描いてるブラックコメディ、ダウンサイズ。ペイン監督、今回も秀逸な作品。

 

 

つまらない、めんどくさい、許せない。そう思うことは日常で多々ある。

 

ユートピアに逃避したくもなる。

 

しかし、つまらないとか許せないがあるから、面白いや生きていてよかったなことが、ある。

 

矛盾や葛藤だらけの、こっちの世界の方が、あっち側より楽しいはず。

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