渋谷直角の漫画を読んでの感想、自意識について考えた。

普段あまり漫画は読まないが、最近、「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール」と「カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生」という2冊の漫画を読んだ。どちらも、渋谷直角、という漫画家の作品である。

どちらの作品もゲラゲラ笑いながら、楽しく読めた。しかし、楽しいだけではなく、考えさせられる部分もあった。

「奥田民生〜」は一冊に単体のストーリー、「カフェでよく〜」は複数のショートストーリーが含まれている形式だが、すべてのストーリーに共通しているのは、主人公の自意識が強く、それゆえに苦しみ、悲劇とも言えるような顛末を迎えているということだ。

まず、「 奥田民生なりたい〜」のほうは、主人公は奥田民生のマイペースで芯のぶれない生き方に憧れる青年。新しく入社したオシャレなライフスタイル誌での仕事の中で出会った女に夢中になり、狂わされていくという話。

ここでは、オタク気質のある男性、つまり自意識の高さを持ち合わせた男性を、相手に合わせて自分を変える女性がいかに「狂わせる」かが描かれている。 オタク気質、尖った趣向を持つ人が惹かれるのは、最大公約数的な美しさや女子力/男らしさではなく、「自分のことを理解してくれる」とか、「自分の好きなものに興味を示してくれる」ような異性だ。つまり、自分の自意識を甘やかしてくれる存在に惹かれる。そして、狂わされる。

また、「カフェでよく〜」のほうでは、三十路過ぎて歌手デビューを目指す女、ダウンタウン信者の芸人志望の男、空の写真とバンプオブチキンの歌詞ばかりブログにあげる男、インディマガジンを作る男などが主人公のショートストーリーが含まれている。彼らすべてに共通しているのは、自意識が高く、それをこじらせているということ。

彼らは自意識が高く、「自分は他の奴らよりもわかっている」とか「自分はやればできる」と思い込んでいる。しかし、現実が全く伴っていない。漫画を読む読者の視点から彼らを見ると、なんて滑稽なんだ、と思う。しかし同時に、そうやって漫画の中の人物たちをジャッジしている自分も、彼らと似たところがあるということに思い当たる。笑った後に、どことなく苦い余韻が残る。

自意識は厄介なものだ。気づけばそれは肥大し、暴走し、時に悲劇を招く。それは、「サブカル」であることの副作用として、こじらせた精神をさらに蝕んでいく。

そんな自意識からの脱却をテーマにした音楽がある。

TOMOVSKY、2013年発表の「終わらない映画」という作品だ。自意識について突き詰めて歌ってきた男TOMOVSKYがたどり着いた境地、それは、自意識を捨てること。

アルバムの中の一曲、「都合のいいジャンプ」
の中に以下のような歌詞がある。

自分の人生を他人事みたいに思えたらきっと
ぜんまいじかけの毎日が また回り出すんだ

一番大事にしていたものは
一番邪魔になったんだ

他人のために目を覚まし 他人のために息をする

終わらせるだけだった毎日が 未来が
なにかと どこかと 繋がってく気がした

沈んでく船から 飛び降りるネズミみたいに
そろそろ行かなきゃ 都合のいいジャンプだ

この曲は、酒に酔った帰り道なんかに聴いたら、泣いてしまう。

内側を向いているばかりでは、何者にもなれない。

それぞれの漫画作品のラストにもこの歌に共通するものがある気がする。 こじらせた人全員にお勧めしたい作品だ。

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