あなたに出会っていなければいまの私はいない。 ありがとう、ロッキンオンジャパン2003年9月号。

今から15年前、中学3年生の夏、ACIDMANが表紙のロッキンオンジャパン2003年9月号を購入した。修学旅行が終わり、ちょっと休みがあって、歯医者に行って、その帰りだったと思う。なぜ購入したのかというと、その中には、ロッキンオンジャパンフェス特集の小冊子が付いており、その小冊子の表紙がバンプオブチキンだったからだ。バンプオブチキンは好きだった。天体観測という曲がドラマで使われていたので知っていた。15年前の田舎の中学生にとって、テレビで流れていること、音楽番組のオリコンランキングでランクインしていることが、新しい音楽を知る主な手段だった。

 

「ロックフェス」というものの存在をそこではじめて知った。そもそも、ライブハウスはおろか、ミュージシャンのコンサートにすら行ったことがなかった自分にとって、ロックフェスという1日中野外でロックバンドが演奏しているというイベントはいかなるものか想像がつかなかった。そのフェス特集の小冊子は衝撃的だった。9割が知らないバンドやミュージシャンだった。奥田民生やスガシカオやリップスライムなど、テレビにも出ているから知っている顔もあったが、知らない顔がほとんどだった。知っている顔の人たちと、知らない顔の人たちが同じステージやバックヤードで仲良くしている写真はなんだかとても不思議で大人の世界の光景だった。そこに知らない世界が広がっていた。

 

フェス冊子を読んで、知らないけど、なんかよさそうな気になるミュージシャンやバンドの名前をメモにとり、地元のツタヤ、ゲオに行った。ほとんどなかった。ゲオの中古販売コーナーがあったので、そこでもないか探した。そこでようやく見つけたキリンジの「For Beautiful Human Life」というアルバム。中古で900円くらいだったと思う。冊子で見て写真と文章だけで知っていたキリンジってグループのやつがやっとあった!という喜び、運命的な出会いも感じ、何度も聴いた。すごく大人なアルバムで、背伸びしてる感が半端なかった。

 

その後も、雑誌、主にロッキンオンジャパンとその系列の雑誌を読んで知らない単語、名前をメモして、レンタル屋やCD屋に行って音楽の世界を切り開いていった。ロッキンオンジャパンはその後、自然と買わなくなっていったが、10代の頃、だいぶ世話になった。ディスクレビューで知り、聴くに至った作品は数知れず。ハガキも送った。投稿が掲載され、口ロロというヒップホップユニットのTシャツやYO-KINGのサイン入りのTシャツなど当たって嬉しかった。

 

「ロキノン系」と言われるバンドに関しては、聴いて好きなものも、良さがわからないものもある。ロッキンオンジャパンを10代に読んで過ごした自分が「ロキノン系」の趣味を持っているのかどうかはわからない。しかし、2003年9月号のフェス特集小冊子がサブカル的な方向へと音楽を探索していくきっかけとなったことは確かだ。岡村靖幸もThe ピーズもキリンジもそこで知った。そういう意味で、私は「ロキノン系」なのだろう。

 

20代になってからは、ロッキンオンジャパンは読まなくなった。フックアップされる新しいバンドにノレなくなってきた気分もあったが(andymoriとかは好きだったけど)、スマホを使いだし、Twitterを使いだしたのが大きい。音楽情報を集める手段が変わった。ネットにないようなコアな情報は、もっとロキノンよりコアな別の雑誌を読んで集めた。ナタリーのようなサイトの普及もロキノン離れに拍車をかけた。

 

昨今はSpotifyやApple Musicで無限に様々な世界中の音楽をきくことができる。いまの田舎の中高生が羨ましい。きっかけさえあれば、田舎にいても新しい世界に触れ世界を広げていくことができるのだ。

それでも、自分のすごしたあの中高時代はかけがえのないものだったと思う。あの頃はよかったというただのノスタルジーかもしれない。しかし音楽は、どうそれに出会うかも重要だと思っている。

 

Spotifyの便利さも享受しつつ、ついつい運命的ななにかを求めて本屋に行ったりレコード屋に行ったりしてしまう。だから、田舎のCD屋や本屋がなくなっていくのはやっぱり悲しい。

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映画、音楽、本のことを中心に、役に立つかどうか度外視して書きたいこと書こうと思っています。サブカルなイベントもよく行くので、そのレポートみたいなことも書くかもしれません。