メガネ女子エマ・ストーンの魅力。70年代USカルチャー好きにはたまらない「バトル・オブ・ザ・セクシーズ 」が素晴らしい映画だった件について

≪作品情報≫

バトル・オブ・ザ・セクシーズ/BATTLE OF THE SEXES
監督:バレリー・ハレス、ジョナサン・デイトン(ルビースパークス(2014)の監督コンビ)
脚本: サイモン・ボーフォイ(スラムドッグ$ミリオネア)
主演: エマ・ストーン、スティーブ・カレル

 

先日のゆうばりファンタスティック映画祭で日本でのプレミア上映があり、2018年7月6日からの日本公開も決定した「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」。国際線の飛行機の機内上映で先駆けて鑑賞し、とても素晴らしい映画だったので、その感想をここに記す。

古今東西スポーツ映画は多種多様にあるが、その中で描かれるドラマの大きさは、主人公たちが背負うものの大きさによって爆発的なダイナミズムを持ってきたように思う。個人的な運命や宿命に加えて、ロッキー(1976)では階級、クリード チャンプを継ぐ男(2015)では世代、インビクタス(2009)では国と人種というような、大きな何かが背負われ、真剣勝負が描かれ、観る者に感動を与えてきた。

それらの優れたスポーツ映画にまたひとつ加わるのが、このバトル・オブ・ザ・セクシーズだ。

バトル・オブ・ザ・セクシーズは、1970年代、ウーマンリブが席巻し、それに呼応して男性優位説が蔓延していたアメリカで、当時の女子テニス全米チャンピオンのビリー・ジーン・キングと男性シニアテニス全米王者のボビー・リッグスとで行われた世紀の一戦、まさに「性別=sexes(セクシーズ)」を賭けて行われた試合を描いた実録スポーツ映画だ。

夫もいたビリー・ジーン・キングだが、当時からマリリンという女の愛人がいたというくだりもあり、男女の性別の戦いに加えて、LGBTQの自由をめぐるテーマも含まれている。70年代の実話を基にした話だが、2018年の今こそ考えられるべき課題を投げかけている。

エマ・ストーン扮するビリー・ジーン・キングは、1972年に全米女子テニスのチャンピオンとなり、10万ドルという当時の女性プレイヤーとしては破格の賞金を手にする。そこで、ビリー・ジーン・キングは、当時男性と女性で「8倍」も違いがあったテニスプレーヤーの給与格差の問題を改善するべく動きだす。

しかし、テニス協会に掛け合ってみるものの、交渉は決裂。そこでビリー・ジーン・キングを筆頭とした女子テニスプレーヤーたちは女性テニスプレーヤー協会「WTA」を結成する。タバコ会社のスポンサーもつき、事業が軌道にのるWTA。

そんなWTAのことを聞き付けたスティーブ・カレル扮するシニアテニスのチャンピオンのボビー・リッグスは、世間からの注目を集めるべく、「男性と女性どちらが強いのか」を決めようじゃないか、と懸賞金をかけて女性テニスのチャンピオンのビリー・ジーン・キングスに一戦を申し込む。

夫との関係、不倫相手との関係の葛藤がありながらも、試合にむけて没頭するビリージーン・キング。かたやボビー・リッグスは道化のようなパフォーマンスを繰り返す。しかし、自信家のようにも見えるが、彼は彼で問題を抱えていた。ギャンブル依存症を抜け出せず、私生活でも家庭での威厳を保てずにいた。

ビリー・ジーン・キングスとボビー・リッグス、それぞれの性別の期待を背負い、世紀の一戦へと向かっていく。

メガネに黒髪のエマ・ストーンが、繊細かつ強い意志をもつアスリートのビリー・ジーン・キングを好演している。当時29歳のビリー・ジーン・キングとエマ・ストーンの重なる年齢。エマ・ストーンの醸し出す危うさと芯の強さが役によくはまっている。

スティーブ・カレルも、精神的な弱さを抱えながらそれを虚勢とギャンブルでごまかしているボビー・リッグスの役にはまっている。フォックスキャッチャー(2014)でも病的でニューロティックな役を演じきっていたが、コメディアンの枠を超えて、本当にすばらしい役者だ。

性別について、アメリカ社会について、スポーツの持つ可能性と政治性について考えさせられ、そして主演の2人の近年のベスト・アクトともいえるような演技も堪能できる映画、バトル・オブ・ザ・セクシーズ。すでに飛行機で観たが、劇場公開後、映画館でももう一度観ようと思っている。

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映画、音楽、本のことを中心に、役に立つかどうか度外視して書きたいこと書こうと思っています。サブカルなイベントもよく行くので、そのレポートみたいなことも書くかもしれません。