夏に働かなければ、クールビズも必要ない

ずっと、クールビズが嫌いだった。

環境に配慮して省エネ、みたいな言い訳がまず気に入らない。必要があってネクタイしているなら暑くても寒くてもネクタイしていればいいのに。暑くてネクタイ外すなら、もうトータルで違う服装でもOKにすればいい。中途半端にクールにビズしやがって。腹立たしい。

しかし、最近気づいた。クールビズ自体への嫌悪感はそれほどでもないのだと。

クールビズが嫌だったのではなく、「夏に働くこと」が嫌だったのだ。

暑い時は、涼しくなるまで日陰でじっとしているのが自然な人間のあり方だ。もしくは、海や山や田舎へ出かけて、コンクリートジャングルから抜け出すのが、都市部の人間にとっての、あるべき夏の過ごし方だ。

しかし、夏だろうと猛暑だろうと、エアコンをフル稼働させて、季節など関係なく私たちは働く。

技術の発達によって人は季節を置き去りにすることが可能になった。寒ければ暖房、暑ければ冷房だ。猛暑も極寒の冬も働かされるエコノミックアニマルに働けない季節などないのだ。

夏場に働きたくない思いを汲んでか、夏休みというものがあるが、大学を過ぎてからは夏休みなど長くて一週間程度。刑務所の仮釈放以下だ。せめて1ヶ月ほしい。1ヶ月ほしいとか主張すると、仕事やめるしかなくなる。無職あるいはゆるやかな刑務所暮らしの選択肢しかないなんてどうかしてる。

その選択肢しかないという時点で、すでに人生は詰んでいるのかもしれない。オセロで、角全部取られた状態。

どこでどうすればよかったのか。どの道を選び、どの道を捨てればよかったのか。どうすれば、真夏にクールビズで働くことなく生きていられたのか。

夏には働きたくない。夏は祭りだ。夏に祭りがあるのではなく、夏が、祭り。

そういえば、今年は平成最後の夏だそうだ。

働きたくない。


星野みちる 夏なんだし

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