万引き家族と万引きの思い出

いろんな意味で話題になっている万引き家族。映画館で観てきた。

血のつながりはないが犯罪でつながる家族を描いて、人のつながりの本質とはなんなのか追求した映画で、観る者に、家族とはなにか? 人と人がつながるとはどういうことか? 子どもにとって親とは? 親にとって子どもとは? といったことを考えさせる、すばらしい作品であった。

いや、考えさせるなんて生易しいもんではなく、胸ぐらを掴んで、どう思うか問うているような凄みがあった。これまでの是枝映画にさらに増して、熱量がすごかった。

「ワークシェアってのは、つまりはみんなで少しずつ貧しくなりましょうってことだ」みたいなセリフが印象的だった。ワークシェアとか横文字でカッコつけてるけど、つまりそれは貧しさを分け合うってことで、ほんとにその通りだなぁと感心した。

ワークシェアって言葉は胡散臭いけど、貧しさを分け合うことに、人と人のつながり、という意味での豊かさのヒントがある気がした。家族とか共同体って、1人では抱えきれない貧しさを分け合うためにあるのではないかね。

それと、作品内では当然のように、万引き遂行シーンが描かれていたわけだが、なかなかに奥ゆかしい、丁寧な万引きだなぁと思った。品がある万引きっていう感じで。

というのも、今までの人生で2回、万引き現場を目撃したことがある。ひとつは、小学生の時。本屋で立ち読みしていたら、隣にいた男がボストンバッグに大量の「ドラえもん」コミックスを豪快に入れ始めたのだ。私はそれを凝視し、犯人と目が合ってしまった。やばい、と思い焦って店を出たが、そのドラえもん万引き犯に追いかけ回された。なんとか逃げ切ったものの、スリリングな体験であった。

もう一つは、3年ほど前。スーパーで買い物して、出口のほうへ歩いていると、両手に買い物かごを持って、早足で歩く男性二人組が横目に見えた。カゴの中は商品であふれている。
二人組が横を通り過ぎた刹那、誘拐犯が使うようなでかいワゴン車が目の前に急ストップ、ドアが開けられたかと思うと、二人組はワゴン車に乗り込み、ドアを閉め切る前に猛スピードで走り去っていった。すごい速さだった。チームワーク万引き。

過去に目撃したこれらの品がない万引きからすると、万引き家族で描かれる万引きは品があって、微笑ましかった。

家族について考えさせられて、過去の万引き目撃の記憶も呼び覚ます、万引き家族。万人が打ちひしがれる名作。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です