ホスピタリティの塊

私がなかなかタクシーに乗らないというのは、私界隈では有名な話なんです。

 

いくら遠い目的地でも、何人いても、行軍のように歩き続ける。タクシーを乗りたい友人からは、煙たがられるのが私です。

 

タクシーってお金がかかるし、いい思い出がないのです。ホスピタリティにかけるというか、商売じゃないのかい?って。なので、何年も乗ってなかったんですよ。

 

しかし、久しぶりに乗ったんです。予断を許さない状況だったので。

 

いやー、あきらかに予断を許さない顔してたと思うんですよ。

 

一刻を争う、そう顔で伝えてたんです。

 

なぜかって、もう完全にもよおしてたんですよ。

 

完全に正常な頭の働きを失って、タクシーに乗りこみました。

 

乗った瞬間、これは当たりだと思いました。

 

タクシーの運転手が『どうなされましたか』と聞いてきたんです。通常ですと『どこ行きますか?』ってのが常套句じゃないですか、それが『どうなされましたか?』って察してきたんですよ、この状況を。

 

これは、ホスピタリティのあるタクシーに出会えたなという、実感であふれました。もうこれでこの問題の半分は解決したなと。これからはみんなのように、タクシーを好んで乗るよな人種になるんだろうなと。これが大人の階段かと。

 

安堵感が車中に満たされました。

 

そして、僕はこの辺にパチンコ屋ありますか?そこに向かってくださいと伝えました。

 

本心である、もよおしているということを隠し、タクシー運転手に目的地だけ伝え、精神を整えました。

 

私はパチンコなんてやったことないんですが、とにかく和式が嫌いで、先祖代々和式は悪魔しか使わない便所として忌み嫌っていましたので、私はパチンコ屋であれば、洋式しかないという的確な判断のもと、パチンコ屋に行こうとタクシーに乗り込む前から決めていました。

 

運転手がパチンコお好きなんですかーという質問をなげかけてくれたんですが、こちらの回答を待たず、私も好きなんですよ、と教えてくれました。

 

すべては、この窮屈そうな顔をしている私のことを思って、質問の回答を待たずに、自分で答えてくれたんだろうなと思いました。苦しい時に助けてくれる人はみんな神様みたいなものですから。

 

そんなことを話していたら、ものの2、3分でパチンコ屋が見えてきました。

 

普段からおこないの良さがこういう形で帰ってくるのかと神に感謝していると、全速力でそのパチンコ屋を通過していきました!

 

!??

 

目的地パチンコ屋だったよなと、はっきり自分の中で確認して、最大限の尊敬の念をこめ、パチンコ屋通り過ぎましたけどと言いました。

 

すると、、、

 

あそこはやめたほうがいい!今日はあそこは出ないよ!

 

!??

 

いや出るぞ!どこのパチンコ屋でももう出る準備はある。
私はむしろフィーバー寸前なのだ。

 

発狂しそうになった。だが、言葉を飲み込みました。

 

さめやらぬ衝撃と共に、ホスピタリティの悪いところが出たかと後悔した。

 

こいつ、根っからのパチンコ好きだ。。。。

 

その後の会話は覚えていない。

 

昔は手打ち式だったん、、、、、意識を失った。

 

その10分後、ここがオススメと降ろしてくれたパチンコ屋に入り、用を足し。よくも知らない街を歩きながら、40分かけて歩いて帰りました。

 

自動運転が発達して、すべてがオートメーション化され、生身のタクシー運転手が絶滅したとき、

 

この話を道徳の教科書に載せて頂きたいと筆をとった次第です。

 

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