平成最後の夏の終わりに聴きたいWANDSの曲

平成最後の夏が終わろうとしている。平成という時代はどういう時代だったかという総括があらゆる分野で行われていくだろう。

印象的な出来事、事件を紐解いて平成の日本社会を分析する人もいよう。または個人的な思い出を辿り、その人生の軌跡と平成の歩みを照らし合わせる人もいよう。

私はただ、いまは、平成の夏の終わりにWANDSを聴きたい。

平成を代表するグループのひとつといえば、WANDS。特に、カリスマボーカリスト上杉昇を擁していた時期の90年代なかばまでのWANDS。平成という時代を思い返しノスタルジーに浸れるWANDSの名曲たち。

大仰なアレンジと意味がありげで大げさな歌詞とキラキラしたメロディの中に潜むざらついたブルーズ。WANDSの一部の曲が今も消費され切ることなく存在しているのは、曲が商業的によく出来ていることに加え、上杉昇という人間の精神、肉体がたしかにそれらの曲の中に息づいているからだ。

平成の夏の終わりに聴きたい今でもグッとくるWANDSの曲を4つ選んだ。

寂しさは秋の色

冒頭「変わりゆく心のような 空はいま この街濡らして」とはじまる。

WANDSの曲の歌詞のキーワードは「街」である。街、都市、シティ。街の中で、どこか所在なさげだったり感傷的になっている。家、部屋、学校、オフィスといった空間ではなく、街。そして仲間や恋人や家族が共にいない。物理的、あるいは心理的に独り。WANDSの曲が描くのはつまり、ロンリーボーイ イン ザ シティなのだ。

ドラマチックなイントロから、Aメロでしとしと感情が高まり、サビで爆発する。さびしさは秋の色。 秋が迫る中、物思いに耽るロンリーボーイ イン ザ シティ。

それはとても青臭い。このいわゆる「ポエム」に近い青臭さと大げさでドラマチックなアレンジの組み合わせが、90年代的な音楽のひとつの大きな傾向であり、WANDSはそれを体現している。

このまま君だけを奪い去りたい

DEENのほうじゃなくてやっぱりWANDS。
タイトルにもなっている「このまま君だけを奪い去りたい」の大げさ感、ポエム感がむしろグッとくる。

「静かに佇む街並み はしゃぎつかれ 」と曲は始まる。そう、キーワードは街。

なぜ奪い去りたいのか。誰から奪うのか。どこへ去りたいのか。それははっきりしない。
具体的に思い描いていることではなく、つまりはロンリー、寂しさゆえの心の叫び、それが「このまま君だけを奪い去りたい」なのだ。

世界が終わるまでは

ドラマチックでありながらエレキギターの歪んだハイフレットサウンドによりワイルドな印象も与える素晴らしいイントロに続き「大都会に俺はもうひとりで 投げ捨てられた空き缶のようだ」と曲ははじまる。

大都会とはつまり街のこと。そう、キーワードは街。 街の中で「投げ捨てられた空き缶のようだ」なんて思っている。なにがあったのだろう。深く詮索するのは野暮である。「このまま君だけを奪い去りたい」というフレーズと同じ。なぜ? とか どうした? とか思ってはいけない。そのままで味わうべきものだ。

この曲といえばスラムダンク。スラムダンクのアニメの主題歌としてこの曲がしっくりくるのは、スラムダンクがバスケット漫画でありながら、不良であったり敗者であったりする湘北チームの面々が奮闘し、それぞれにアイデンティティを確立していく話だからだ。湘北のあいつらは、バスケットをしていない時やひとりでいる時、WANDSの曲の歌詞のような心情風景であると推察できる。ロンリーボーイインザシティ。だからこそ、バスケットで輝き、強豪に打ち勝っていく姿に胸が熱くなる。

世界中の誰よりきっと

中山美穂よりもやっぱりWANDS。

「まぶしい季節が 金色に街を染めて 君の横顔 そっと包んでた」と曲ははじまる。

そう、キーワードは街。

隣に「君」がいるものの、基本はロンリーボーイ イン ザシティ。まだ一皮むけていない。
だから「世界中の誰よりきっと」なんて言葉が出てくる。青臭い。しかし、それがグッとくる。

これらの曲がある種の説得力をもって響くのは、歌っている上杉昇自身がある意味でロンリーボーイインザシティだったからだろう。

彼のいたWANDSは90年代半ば、グランジサウンドに傾倒していき、「WORST CRIME -About a rock star who was a swindler」という曲を最後に彼の脱退を迎えることとなる。青臭いロンリーボーイインザシティであった上杉昇が己のエモーションの表現の器としてよりふさわしいものとして選んだよりロックでゴツゴツしたグランジサウンドは、グループのマネジメントからは受け入れられなかった。

わかりやすすぎるほど直接的にその気持ちをラストシングルのタイトルに表した上杉昇のその青臭さ。 長い時間が経っても彼がいた頃のWANDSの曲が色褪せないのは、その青臭さゆえなのではと思う。

以上、平成の夏の終わりに聴きたいWANDSの曲のついでした。

 

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映画、音楽、本のことを中心に、役に立つかどうか度外視して書きたいこと書こうと思っています。サブカルなイベントもよく行くので、そのレポートみたいなことも書くかもしれません。