文化系のためのスポーツ読み物・映画とか⑤ ~『マリア・シャラポワ自伝』~

飽きもせずバドミントンばっかりやっているんですが、部活経験者とかに全く歯が立たなかったりすると、もっと若いころからやっておけばとか思いますよね。一流といわれるバドミントン選手は、大抵6,7歳、少なくとも10歳までにはバドミントン始めてます。そこまではいかなくても、高校ぐらいからでもやっていれば、全然違うんだろうなとか思ったりで。

というわけで、テニスに人生を捧げてきたマリア・シャラポワの自伝を紹介します。シャラポワのイメージって、有名ブランドのモデルとかやったりで、容姿端麗なテニスプレイヤーという少し軽いイメージだったのですが、この本でその印象は一変しましたね。一言で言えば、シャラポワ版成り上がり物語です。努力と根性の物語です。

ロシアの決して裕福ではない家庭に生まれたシャラポワは、4歳ごろから自宅近くのコートでボールを打ち始めます。例えば、壁打ちでフォアハンドのボレーを同じコースに打つ練習をやったとすれば、それを数時間も続けていられるぐらいの根気を持っていたそうです。あまりに長く打ち続けているので、幼いシャラポワの周りに人だかりができたぐらいに。後年、自分に才能があるとすれば、タフネスという才能だと語っているという通り、とにかく単調な練習を嫌がらない子どもだったらしいです。

世界女王ナブラチロワのレッスンを受ける機会に恵まれたシャラポワは、アメリカでテニスを学ぶことを勧められます。娘の才能を信じた父親は全財産に借金を加えた700ドルをつくり、アメリカへ行くことを決心するのです。まだロシアからの海外渡航が自由ではなかった時代に、父親はモスクワの大使館の役人に、6歳の娘がテニスの才能があることを懸命に説明し、なんとか渡航ビザを発行してもらいます。

しかし、ロスアンジェルスに着いたとき、迎えに来てくれるはずのコーチが迎えに来ておらず、シャラポワと父親は途方にくれます。同じ飛行機でロスまで来た夫婦に状況を話し、一晩泊めてもらうのですが、その翌朝も6時に起床し、親子はトレーニングをして、その夫婦を驚かせます。

この本には、テニスペアレンツという言葉がでてきます。自分の子どもに才能があると信じ、テニスの英才教育を施す親たちのことですね。昔ワイドショーとかで取り上げられていた日本の福原愛の親とかは、それの卓球版ですよね。一般的にそういう教育ができる家庭は裕福な家庭です。とくに、テニスのようなある意味階級的なスポーツの場合は、それが顕著でしょう。しかし、英語もろくに話すことができないシャラポワの父親は、昼間は肉体労働をして娘のためにお金を稼ぎ、夜はコーチングの勉強に明け暮れます。ほんとんど狂信的というぐらいに子どもの才能を信じているのです。

有名テニススクールで、裕福な子弟に囲まれながら、懸命に練習を続けたシャラポワは、次第に頭角を現すのですが、その才能を搾取しようとする人たちが現れます。シャラポワ親子に不平等な契約を結ばせ、利益を独占しようという輩です。それを拒否したために、テニススクールも、住む場所も追われたシャラポワ親子は、またも途方にくれるのですが、そこに宿を提供してくれる医師の一家が現れます。結局その家庭に約1年間住むことになるのですが、それらのことをこう記しています。

当時のわたしたちにとって、人生はこんな感じだった。苦あれば楽あり、不運のあとには幸運が来た。ときどき、強欲な人間のせいで経済的に困窮することがあった。すると必ずと言っていいほど、ただ善意から助けてくれる人が現れた。

その後、世界的なエージェントであるIMGと契約し、世界一を三人育てた名コーチであるロバート・ランスドープのもとで成長したシャラポワは17歳でウィンブルドンで初優勝を成し遂げます。

世界には、才能もあり、十分なテニスの環境も与えられた多くのシャラポワ予備軍がいたはずです。しかし、彼らは、ついにシャラポワにはなれなかった。この本には、子どもの頃から一つのことに捧げてきた人間たちの激しさや哀しみが溢れてます。

私は適当にバドミントンをやっているから、まだ楽しめているんだと思います。この本を読むとつくづくそう思います。

人間には“燃え尽きる”人間とそうでない人間の二つのタイプがある、と。しかしもっと正確にいわなくてはならぬ。人間は、燃えつきる人間と、そうでない人間と、いつか燃えつきたいと望み続ける人間の、三つのタイプがあるのだ。(『敗れざる者たち』著・沢木耕太郎)

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