カンニングの映画が話題になっているという。
しかもタイの映画だとか。
そりゃどんなもんかねと思い、へっこらよっこら観てきた。
現地では2017年公開のタイ映画、バッドジーニアス 危険な天才たち/Bad Genius 。日本では2018年公開。監督と脚本は、37歳の若き才能、ナタウット・プーンピリヤ。チュティモン・ジョンジャルーン・スックジン(リン)、チャーノン・サンティナトーンクン(バンク)、イッサヤー・ホースワン(グレース)、ティーラドン・スパパンピンヨー(パット)、パシン・クワンサタポーン(バンジョン)らが出演。
特待奨学生として名のある学校に転入してきた、チュティモン・ジョンジャルーン・スックジン扮するリン。ある日、勉強のできないクラスメイト、イッサヤー・ホースワン扮するグレースにテスト中に答えを教えてあげる。それを聞きつけたグレースのボーイフレンドであるティーラドン・スパパンピンヨー演じるパットは、金と引き換えに、組織的カンニングをやらないか?とリンに持ちかける。他の生徒たちが学園への「賄賂」として金にモノを言わせて世渡りしてる裏側など知ったリンは、自分の学力を売り、上手く世渡りしていこうと金をもらってのカンニングに加担していく…。
手に汗握るカンニング描写は、まるでケイパームービーのようなサスペンスとスケール感でグイグイ引き込まれる。また、タイにおける(金で買える)学歴と社会階級が紐付けられた格差社会の不条理が胸ぐら掴むがごとくグッと突きつけられウッ!となる。気鋭の若き才能、プーンピリヤ監督による演出が、それぞれにキャラが立ちまくりで魅力的な若い演者たちとあいまって、瑞々しく勢いのある映画に仕上げられている。
実直で善良で小市民的な父と暮らすリンと、実家がさびれたクリーニング屋のチャーノン・サンティナトーンクン演じるバンクは、それぞれに秀才で、二人で学校代表で高校生クイズ大会に出て優勝するほどの頭脳の持ち主。それに対して、親が金持ちで、金で成績を買おうとするグレースやパットやパシン・クワンサタポーン演じるバンジョンたち。勉強ができないなら、金で買えばいい。勉強ができて金がないなら、勉強ができることを売ればいい。普通はそこに成り立つのは家庭教師と生徒のような関係になるところ、テストの答えを教える側とそれを買う側の売買関係になるという歪さ、そしてそのカンニング行為のまるでクライムアクションじみた高度さがこの作品の魅力であり見所であるのは間違いない。
予告編でもちらりと写っていたが、リンはピアノのフレーズを弾くときの指の動きを暗号にして、集団的カンニングを大成功させる。ピアノのフレーズという音楽的な暗号が映画的表現として秀逸で、カンニングシーンを大いに盛り上げている。この、ピアノのフレーズを暗号化して、記号を暗記するというテクニックが後半のある場面で伏線回収されるのも映画的カタルシス! この映画がヒットして、これからマークシート式の試験では試験監督たちは受験者の指の動きを要チェック必至なのではないか。
ピアノのフレーズだけではなく、ゲロもカンニングのギミックとして活用されている。終盤、オーストラリアでのSTICテストの試験監の必要以上の凶暴性、モンスター性とゲロとが相まって、ホラー映画か!と思えるようなスリリングな場面も。
日本も学歴社会だなんだと言われるが、タイはより一層、学歴と社会階級がリアルにリンクするのだろう。ある場面でのグレースのリンに対する「あなたのように頭が良かったら、こんなことはしていない! 」という叫びは、ただのカンニングの開き直りと片付けられるものではなく、それだけ学生へのプレッシャーが凄まじいことを示している。学歴が階級とあまりにも結びつけば、学生は学びへの熱を失い、学力なんてものは有名無実化し、学ぶことは目的ではなくただの手段になる。この映画でのカンニングシーンが、それが悪いことのはずなのにどこか痛快なのは、そういった非人間的な学歴社会へのアナーキーな造反行為として映る側面もあるからだろう。
もちろん、カンニング行為は正当化されるべきではないし、この映画もカンニングを正当化してはいない。カンニングという不正行為を通して、統一テスト的なもののくだらなさをあぶり出しているとは言える。統一テストの点数に依ることも、カンニングでの金稼ぎも、どちらも非人間的な所業。リンの未来がそのどちらでもないオルタナティブな方へ拓けていくのがこの映画のグッとくるところだ。統一テスト的なものへアンチを唱えた映画としては、ロビンウィリアムズ主演の「今を生きる」が思い出されるが、それと併せて現役の高校生をはじめとし、統一テスト的なくだらないものに悩まされるすべての人に観てほしい作品。
また、タイの通貨の感覚にはあまり馴染みがないのだが、この映画を観て、2000バーツくらいがだいたいサーモンの食べ放題が食べられる金額であること、そしてボンボンの学生がカンニング依頼料として1科目に払うのが3000バーツだということがわかった。今調べてみたら、3000バーツはだいたい1万円。子連れ狼の「刺客引き受け、500両」ならぬ、「カンニング引き受け、3000バーツ」。
メインの演者たちは皆、とてもスクリーン映えするルックス。リン役のチュティモン・ジョンジャルーン・スックジンのスタイルの良さとニヤリとした時のノワール感!サスペンスやミステリーにうってつけ。クライムアクションも似合いそう。バンク役のチャーノン・サンティナトーンクンはタイのマッドデイモンというべき、知性とボンクラさを兼ね備えた逸材。そして、バンジョン役のパシン・クワンサタポーンの滲み出る手下感、子分感、汁男優感には、よくぞこいつを見つけてきた!と拍手を送りたくなる。
加えて、THE 金持ちのボンボンであるパットを高水準に体現するティーラドン・スパパンピンヨ。こちらはまさにタイの小出恵介ともいうべき、いけ好かない甘いフェイスの卑怯で臆病なクズ野郎っぷりを見せつけてくれる。その名前もインパクト抜群だ。ティーラドン・スパパンピンヨ。スパパンというワードの響きを太陽肛門スパパーン以外で初めて耳にした。太陽肛門スパパーンという名前もインパクトあるが、スパパンピンヨも負けていない。意味もなく叫びたい。スパパンピンヨー! スパパンピンヨー!
タイ映画もまたおもしろき。バッドジーニアス 、傑作! この監督の作品を含め、いろいろ掘ってみたくなった。
スパパンピンヨー!
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