イチャンドン監督のバーニング劇場版を観てきたぞ!
東京だとトーホーシネマ シャンテでしかやってなくて、ひとり日比谷へ足を運んで、観てきたのだ。
シャンテは席が狭かった。そして、ほぼ満席だった。村上春樹とか好きそうな文化的な客層のお客さんで埋め尽くされていた。
日比谷はアウェイ。
◆基本的な情報
監督は、韓国の巨匠、イ・チャンドン。7年ぶりの長編作品となる。ユ・アイン、新人のチョン・ジャンソ、そしてウォーキングデッドでのグレン役で知られているスティーブン・ユアンらが出演。
◆あらすじ
作家を目指すがボンクラのジョンスは、たまたま幼馴染のヘミと再会する。会って話したらいい感じになり、ヘミの部屋で一発ヤッちゃう。ヘミは世界の果てを見たい、とアフリカに行き、その間ジョンスはヘミの部屋で猫の世話をするよう頼まれる。
ヘミはアフリカからベンという男と帰ってくる。こいつが、よくわからないが金持ちの、ジョンスとは対照的なハイステータス男。ヘミとジョンスとベン。なぜか3人で会って、ベンの作ったパスタ食ったりして過ごす。しかし、ある日ベンがジョンスに、彼のトンデモない趣味を打ち明ける…
◆原作とだいぶ違う
村上春樹の短編「納屋を焼く」が原作の映画だが、それとは別の話が展開されていると思っていい。なにせ、映画は148分。 納屋を焼くのストーリーから着想を得て、イチャンドンが独自の世界を構築していった感じ。
◆ロマンポルノ
今作はまだ何者でもない若者が不思議な魅力をもつ女に惹かれて、奇妙でダークな世界へと踏み込んでいく、性と暴力に翻弄される青春ドラマ。それは、神代辰巳監督あたりが70年代の日活ロマンポルノで撮った類の映画と近いものがあるなと感じた。
一流の監督、スタッフによる、ハイクオリティな映像で繰り広げられる青春ロマンポルノ。
◆チョン・ジャンソ
ヘミを演じる新人女優のチョン・ジャンソ、とても可愛らしく色気のある女優であり、目元が特にいい。ミステリアスでいてイノセント。
冒頭、キャンギャルとして登場し、そしてジョンスと一発かまし、その後アフリカへ行ってしまうヘミ。活動的でいて、つかみどころがなく、どこか影を感じさせるヘミの人物像を、チャン・ジャンソはその仕草や表情で、新人とは思えぬ豊かさでもって、体現している。
◆ジョンス、ボンクラ
ユ・アイン演じるジョンス。久しぶりに会ったヘミと一発ヤレちゃって、ヘミの文学的かつミステリアスな発言がかもす魅力に惹かれ、すっかりピュアに恋に落ちちゃう。
作家志望。全然普通の仕事続かない。小汚い軽トラ乗り回し、北朝鮮と接する最前線のあたりにあり、うすら寒い畑の景色が広がるすげぇ田舎な、「パジュ」という地域にあるあばら家みたいな実家にひとりで住む。独り言いいながら牛の世話をしている。手淫くらいしか気晴らしがない。
このジョンスのボンクラっぷりが、これまた秀逸なロマンポルノ感を高めてもいる。服装も、飾らずモッタリした文学野郎感を出していて、非常に好感が持てる。
◆ベンという男のいけすかなさ
「仕事はなにしてます?」「遊んでます。」
爽やかにハイステータスを体現するスティーブン・ユアン演じるベンのいけ好かなさはすごい。
ベンは、PSYのカンナムスタイルでも有名な、韓国の裕福でハイステータスな人が集まる地域「カンナム」に住み、30代独り身で、黒光りするポルシェを乗り回し、広くていかにも高そうな部屋で暮らしている。ジョンスのこ汚い軽トラやパジュのあばら家との対比の激しさ。
「仕事と遊びの境界が曖昧ですね」とかまし、ソウルで一番おいしいホルモン鍋の店とやらに颯爽と案内したり、洒落たパスタを作ったり、女の手相みてうんちくぬかしたりするベン。この野郎! 東京カレンダーを読んだ時に覚える胸糞悪さに似たものがこみ上げてくる。
◆住む世界が違う
住んでる地域が違えば、住んでいる人の種類も違う。
いわゆる農村地帯のパジュ出身のジョンスやヘミと、韓国におけるギャツビーだと言われるような、カンナムに住むベンやその仲間たちは、まさに住む世界が違う。
ベンとそのカンナムの仲間たちの集まる、ベンの家でのホームパーティーの場面。ヘミは、見世物のように扱われている。なんともいえない嫌な感じ。 それを見るジョンス。
ヘミが話をしてるときにする、ベンのあくびと、そこからの愛想笑いがもたらす、不穏さ。
ジョンスやヘミの側と、ベンの側には、相容れない、決定的な隔絶がある。
◆ギャツビーとフォークナー
なんだかよくわからないけど金持ちなベンをギャツビーに例えたジョンス。そして、ジョンスはウィリアム・フォークナーを読む。
イチャンドンいわく、今作は1939年のウィリアムフォークナー Burn burning からも着想を得ており、「村上春樹の世界で生きてる若いフォークナーの話」とのこと。なるほど、非常にそんな話な気がする。
◆西日
西日さす中で、大麻吸って 上半身裸で、ヘミが外で踊るシーンの鮮烈っぷりはすごい。まさに、グレートハンガー、生きていく上での渇きを潤す、大地とのつながり! そこで流れる、マイルスデイビスの「死刑台のエレベーター」がまたムードを盛り立てる。美しさ。 そこは韓国の田舎、パジュなのだが、世界の果て、アフリカの大自然のような錯覚を覚える。西日と踊りの相性は抜群。 撮影監督、ポン・ギョンピョによる最高のカメラワーク。まさに、映画ならではの表現。
◆ベースがここに響く
その場面で、ベンが打ち明けるトンデモな趣味、それは「ビニールハウスを燃やすこと」。
それをするとベンは、「生きている」って感じるという。ベースが、ここに響く、と胸を叩く。
反社会的とも言えることを通して、生きてることを確認するベン。
そして、どうやら、ビニールハウスを燃やすこと、というのは、文字通りの意味ではなく、なにか不穏な別の意味を帯びているようなのだ。
ビニールハウスを燃やすこと、って、ボディを透明にする、とも通ずる、サイコなパンチライン。
◆ヘミがいなくなる
ビニールハウスを燃やすことが趣味だとベンが打ち明けたあと、ヘミは忽然と姿を消してしまう。もう、絶対にベンが怪しい、という感じで映画は進む。
ジョンスは、ベンを怪しいと思い、追跡したりする。そして、ひとつ確信のようなところへ到達する。
小説を書けなかったジョンスが、書けるようになる。そこからの展開は、ジョンスの書いた世界か、実際に起きたことなのか、それとも、その両方混ざったものか…
◆で、どうなのこの映画
初めてみたイチャンドン映画だったが、一回見ただけでは盛り込まれているメタファーや伏線に全て気づけない類の、重厚な印象であるという印象を受けた。解説や評論と合わせて観ると、理解は深まるだろう。しかし、それらのメタファーなどに気づけなくても、映画の持つ破壊力は十分。 ジョンスのボンクラっぷり、ヘミのミステリアスな色気、ベンのサイコなクソ野郎っぷり、それらのキャラクターの相互の化学反応が観ていて楽しい。 そして、西日さす中でのヘミの踊りのシーンはどうにも忘れられない鮮烈さ。バーニング観た後、イチャンドン監督の過去作、ペパーミントキャンディをみたが、これまた打ちのめされた。まだ観てないイチャンドン作品があるということは、幸せなことだ。じっくり追体験していきたい。
あぁ、グレートハンガーに潤いを。
グッドライフを送りたい。
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