セッションで鮮烈なデビューを果たし、ララランドである意味で天下を取ったチャゼル。その次となる今作。
月面着陸した偉人、ニールアームストロングの人となりというのは全然イメージがわかないが、あえてそこにフォーカスをあてた作品だという。
見上げればそこにあるが、どこまでも遠い、月。
宇宙どころか地にはいつくばる暮らしの中、新宿ピカデリーで観てきた。
日曜の午後、座席は9割方埋まっていた。
◆スタッフ、基本的な情報
監督は、セッション(2013)、ララランド(2017)のデミアン・チャゼル。ジョージRハンセンの著作のニールアームストロングについての本を、ジョシュ・シンガーが脚本化。上映時間 141分。ララランドに続いてチャゼル監督の映画主演となるライアン・ゴズリング、蜘蛛の巣を払う女のリスベット役が記憶に新しいクレア・フォイ、その他、ハリウッド版ゴジラにも出てるカイル・チャンドラー、ハウスオブカードで味わい深い存在感を発揮してたコリー・ストールら、濃い顔の名優たちが出演。
◆あらすじ
1962年から1969年に行われたNASAによる有人宇宙飛行計画、ジェミニ計画からアポロ計画を経て、ニールアームストロングが人類初の月面着陸に至るまでの物語を、ニールアームストロングとその家族の視点から描く。愛する娘を亡くし、NASAのジェミニ計画の宇宙飛行士に応募し、合格。仲間との交流、失意の別れ、難航する計画、様々な事を乗り越え、ニールアームストロングの人生のすべてがアポロ11号の月面着陸へと結実していく…
◆クレアフォイ
蜘蛛の巣を払う女以来の、クレア・フォイ。60年代アメリカ、妻として安定した生活を望みながらも、ニール・アームストロングの妻という、明日なにが起きるともしれないストレスフルな環境をタフに生き抜いた、ジャネット・アームストロングを演じている。 アポロ11号へと向かう前日の夜に、ニールが子供たちにちゃんと向き合って話をせずに時間をつぶすように荷造りしている様子を見て、キレ顔炸裂。相変わらず、いい顔だ。目が大きい。なんとなくエマストーンに近い雰囲気もあり、ゴズリング、チャゼルとのデジャブ感。
◆ライアン・ゴズリング
ライアンゴズリングの体現する高い集中力と静かな凶暴性は、寡黙でプロフェッショナルなエンジニアであり宇宙飛行士であったニール・アームストロングの役としてまさにふさわしい。なにを考えているのかよくわからない目つき、表情が、これまたよい。
役作りも熱心。Lunar rhapsodyや、Egellocといったアームストロングがらみの曲もみつけた。Egellocはニールアームストロングが大学時代に自作した曲だという。逆から読むとCollege。
プロフェッショナルで寡黙でありながら、ユーモラスでもあるニールアームストロングの人柄を、ライアンゴズリングはまさにハマり約といった感じで体現している。
◆実在の宇宙飛行士に似てる濃い顔のひとたち
ニール・アームストロングの同僚の人たちは、それぞれ、本人たちと顔の似ている役者が選ばれたのだとか。 全体的に、顔が濃くていい感じだ。いらんこと言っちゃう、一言多い感じの宇宙飛行士、バズオルドリンを演じたコリーストールは、特にそっくりさんなのだという。
◆ニールアームストロングを突き動かしたもの
デミアンチャゼル監督の関心は、目標に向かって邁進する人の心そのもの、にあるように思う。セッションとララランドというこれまでの2作でも、狂気に取りつかれたように目標に邁進する人を描いてきた。
月面着陸という偉業。それを成し遂げるまでに、ニールアームストロングを突き動かしたものはなんだったのか。
優れたエンジニアであったアームストロングにとって、純粋に未知を知りたいという欲求も強くあっただろう。しかしそれに加えて、この映画の中で重要な意味を持って描かれるのは、ちょうどジェミニ計画にアームストロングが応募する前に亡くなってしまった、娘の存在だ。
当時も、生前も、その亡くなってしまった娘のことに関しては、多くを語ってこなかったというアームストロング。映画の中でも、アームストロングは、言葉では、なくなってしまった娘のことを多くは語らない。
しかし、月面着陸のシーン、とある行動を通して、それまで沈黙をたもってきたアームストロングの胸中でどれだけ亡くなってしまった娘の存在が大きくあったか、観る者に示される。
この世ならざる美しさと静寂の月面の映像の中、アームストロングの沈黙とその胸中に思いを馳せると、激しくグッとくること必至。
◆祝祭感はない月面着陸
今作の一番の見どころとなる月面着陸のシーン。異常なほど意図的に祝祭感は抑えられている。「星条旗を立てるカットすらない」という事態。映画館でお腹の鳴る音が聞こえてくるほどの不思議な静寂。
ニールアームストロング、月の表面に一歩を踏み出し、足跡をつける。そこから地球を見る。いままで、地球から月を見ていた。いまは、月から地球を見ている。静寂。
死後の世界とも形容されうる、神秘的な空間。
セッションやララランドのクライマックスでもそうだったように、すべては後景化し、メインとなる人物だけの世界になる。
亡くなってしまった娘への弔い。亡くなってしまった仲間たちへの弔い。すべて抱えて月面まで持ってきた自分の気持ちの成仏。
ここでニールアームストロングが放つ「一人の人間には小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」という言葉にしびれる。
過去を清算し人生を前に進めるということと、人類にとっての偉業を、同時に達成するなんて、なんというドラマチックな達成だろうか。
◆撮影、リヌス サンドグレン
月面着陸の場面、ララランドから続きチャゼル組の撮影担当、リヌス・サンドグレンのグッドジョブがかなり貢献している部分でもある。採石場で撮影されたという月面のシーン。広大な月の表面に光を当てるために20万キロワットの照明を用意した。
月面に降り立つシーンはIMAX用65mmフィルムでバキッと撮ったのに対し、アポロ11号に乗り込むところのシーンは、16mmフィルムで撮影しており、その手ぶれ感、感情の不安な揺れを表現している。そのほか、地球での生活シーンは16mmフィルム、NASAの訓練のとこでは35mmフィルムと、場面に合わせてフィルムの種類を使い分け、映像の質感で与える印象を細かく演出しているのだ。なんてグッドジョブ!
◆ジャスティン・ハーウィッツの音楽
また、60年代のモーグのシンセサイザーやEchoplexを駆使して音作りをした、これまたチャゼルの朋友でもあるジャスティン・ハーウィッツのグッドジョブっぷりもすごい。
全体的に音楽を抑制しつつ、印象的な場面で効果的に音を鳴らしている。
宇宙でカセットテープでLunar Rhapsodyという曲を聴くところなんかも最高。実際にアームストロングがアポロ11号の中で聴いていたとか。ゴズリングがアームストロングのこと調べていて発見したそうな。宇宙でカセットテープ聞くのっていいなぁ。
60年代アナログ感を上手く盛りみつつもアンビエントで神秘的な劇伴は、60年代のアイコンである孤高のファーストマン、ニールアームストロングのパーソナルな物語に寄り添う。
◆ローテクな宇宙船で体感させる閉所
実際につくられたという宇宙船のアナログ感。こんなんで宇宙行って本当に大丈夫なんかよ、と思わせる仕上がり。ネジがむき出し、ベコベコした壁面。それが60年代当時のテクノロジーのリアルだったのだろう。映像で表現する60年代 。チャゼルの徹底した本物再現志向。
また、その宇宙船がとても狭く、閉所恐怖症でなくても発狂してしまいそうな仕上がりに。ただでさえなにが起こるかわからない宇宙空間での閉塞感と頼りない宇宙船との合わせ技で、怖さを主観でいやというほど伝えてくる。
ジェミニ計画でドッキングして、安心できたと思った矢先のぐるぐる回るドラブル。もはやパニックホラー。
◆無意味なトレーニングマシン
先日のアカデミー賞では視覚効果賞を受賞したファーストマン。特撮的な造形としては、前述の宇宙船に加えて、NASAの「複数軸トレーナー」という、クイズ タイムショックで出てきたようなぐるぐるまわるマシンも、印象深い。ニールアームストロングをはじめとした宇宙飛行士たちは、ゲロ吐くほどぐるぐるそのマシンで回されて根性を試される。チャゼルのスポ根イズム炸裂。
やはり、この厳しい訓練のおかげで、ジェミニ計画の時のピンチも切りぬけることができたのだな、ふむふむ、と思って観ていたが、鑑賞後パンフを読むと、そのマシンが「無意味なトレーニングマシン」と紹介されていて涙が出た。
宇宙のぐるぐるに耐えるために、地球上でぐるぐる回っても意味がないという!
トレーニングは、キツければいいってもんではないね。
◆で、どうなのかこの映画
やっぱり、デミアンチャゼルはすごい。人間ドラマの深みとしては、ララランドからさらに進化を遂げている。あいかわらず、音へのこだわりとセンスは流石。月面着陸のシーンは真夜中にひっそりと腰を据えてたい。観た後に、月を見上げたくなる。多くを語らずとも、日々何かに向かって邁進する人々の、心を支え得る映画でもありうる。
あぁ、グッドライフを送りたい。
魂の救済は映画を観る行為の中に。
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