かわいげのあるクソジジイが調子よく歌いながらコカイン運ぶ。 運び屋/ The Mule をみてきたぞ! その感想。

じいさんになった俳優たちは、じいさんの生き様を描いた映画に出る。

ハリーディーンスタントンの、LUCKYなんて、最高のじいさん映画だった。

最新のじいさん映画、運び屋のじいさんの映画だとか。

運び屋と言っても、クロネコヤマトや佐川急便みたいなやつではないらしい。

むむむ、なんと、コカインの運び屋だとか。

しかも、あのクリントイーストウッドの監督・主演作だ。

それは観なければと思い、

よっこらへっこらほっこらへいと、見てきた。

◆ スタッフ 基本的な情報

監督と主演がクリント・イーストウッド。ニューヨークタイムズの記事に基づいた脚本をグラン・トリノの脚本も手がけたニック・シェンクが担当。クリント・イーストウッドに加えて、ブラッドリー・クーパー、マイケル・ペーニャ、ローレンス・フィッシュボーン、アリソン・イーストウッド、アンディ・ガルシア、クリフトン・コリンズJr、イグナシオ・セリッチオらが出演。

グラン・トリノ以来の、本格的なクリント・イーストウッドの監督&主演作。また、アメリカンスナイパー(2015)、ハドソン河の奇跡(2016)、15時17分、パリ行き(2018)、に続いて、クリントイーストウッドによる実話をベースにした映画シリーズとしては、今作で4作連続となる。

これまで18年間ずっとイーストウッド映画の撮影監督を務めてきたトム・スターンは今回外れ、今作の撮影監督を務めたのは、イヴ・べランジェ。ブルックリン(2016)、ダラスバイヤーズクラブ(2014)、雨の日は会えない晴れた日は君を想う(2017)などの見応えある作品でも撮影監督を務めている。

◆ あらすじ

イーストウッド演じる園芸家のアールじいさん。バリバリ働き、花の賞とかもらったりして、2005年くらいまでの時点では、調子よくやっていた。そっから12年。ネット販売などの時代についていけず、事業は破産。畑は差押えられ、オンボロトラックに家財のせて、みじめな有様。しかし、老人で、いままで違反食らったことなくて、運転の腕は確かで、というポテンシャルはコカインの運び屋として最適だ!と、孫の結婚式で出会った男に運び屋としてスカウトされ、運び屋稼業にインするほぼ90歳のアールじいさん。運び屋として、ふたたび調子よく人生を謳歌しはじめる。しかし、妻の容態が悪化する中、アールじいさんは、自分の人生と向き合い、ある決断をくだす・・・。

◆メキシコカルテル、ドラッグディールもの

「ブレイキング・バッド」のヒット以降、メキシコカルテルを描いた、ドラッグディールものジャンルの作品は数多く作られ続けている。 ボーダーライン(2016)や悪の法則(2013)といったメキシコカルテルのハンパない恐ろしさを前面に打ち出した印象的な作品がある一方で、今作「運び屋」は、どちらかというと牧歌的だ。ブラックコメディの色合いが強い。

メキシコカルテルのコカインの運び屋という、下手こいたら親族まるごと消されかねないハイリスクな仕事を、90間近のアールじいさんは飄々とこなす。たぶん、ブレイキングバッドも、最近のメキシコカルテルものの映画も観てないんだろう、アールじいさん自身は。

◆ 運び屋の車

アールじいさんの愛車はオンボロの経年劣化激しいFord F 100。オンボロであるということはハードでタフなワークに長年耐え抜いた証。まさにアールじいさんそのものを体現している。全米各地に花を届け旅した、相棒とも言える車だ。

しかし、運び屋を数回こなし、たんまりキャッシュが手に入ると、オンボロは放り出し、ギラギラ黒光りするリンカーンマークLTへと衣替え! 車のギラギラ具合に応じるかのように、コカインを届ける道すがら寄り道をし、うまいポークサンドを堪能したり若く美しい女を抱き、人生をエンジョイしまくるアールじいさん。明らかに調子に乗る。

やってることはダークで完全にアウトな犯罪なのだが、アールじいさんが気持ちよさそうに鼻歌歌いながらロードトリップを楽しみ人生を謳歌する有様は、なんだか微笑ましく、思わずこっちも笑顔になる。

◆ 相手が油断する、人たらしなじいさん

劇中の強面キャラクターたちも、アールじいさんに懐柔されてしまう。メキシコカルテルのやつらも、最初はアールじいさんに対して「仕事なめんなよ、下手こいたらぶっ殺すぞ」くらいな気迫だったが、やがて、「よぉじいさん調子はどうだい!寄り道しても、逆にサツに疑われなくていいね、どんどんやってよ!」とか言い出す。

人たらしの老人、優良ドライバー。それは、絶対に足がつかない、最強の運び屋。

人たらしなだけではなく、いざ警察に車を止められたというような時のテクニックも巧みだ。

ハンドクリーム塗って麻薬犬をなでまわし、嗅ぎつけられるのを防ぐとか、警察官にいつもご苦労さんです、感謝の気持ちです、とピーナッツ缶をプレゼントするとか。

軽やかに要領よく、コカイン運び屋やっちゃうわけだ。

◆車の中で口ずさむ歌。

軽やかにドライブして、気持ちよさそうに歌を口ずさむアールじいさん。Spiral StarecaseのMore today than yesterday、ウィリーネルソンのOn the Road againといった曲が印象的だ。

まるでお風呂場で口ずさまれた歌のように、車の中に響き渡る悦に入ったアールじいさんの歌声。

ずーっとこうやって、無事故で、花を届けて全米まわってたんだろうな。労働の中にある、こういう自由を感じられる瞬間、愛おしい。

◆ かわいげのあるクソジジイ。

インターネットとか携帯電話とかを嫌悪して、使い方よくわかってないアールじいさん。 携帯電話渡されても、テキストメールの打ち方がわからない。頼れるものは己の腕とアナログなツールだ。

コカイン運んでる途中、タイヤパンクして困ってる黒人家族を発見。電波なくてスマホつながらなくて治し方ググれないよー、って困ってた。そこで、アールじいさんが人肌脱いで助ける。基本的にいい人。

しかしそこで「ニグロを助けてるぜ」とか平気で言っちゃう。 その、堂々と差別的ワードつかう感じ。悪気はないけど、荒い言葉づかいする、新しい世代の価値観に迎合するつもりはないぜ、というクソジジイスタイルをかます。

でも、クソジジイなんだけど、やっぱり悪気はないから、可愛げ要素もある。かわいげのあるクソジジイを体現する、クリントイーストウッドの新境地なのだ。

◆ブラック企業

運び屋としてコカインを運ぶことはしっかりやりつつも、その道中で結構好きにやってエンジョイしてるアールじいさん。そんなアールじいさんの勤労態度に、「なめやがって!俺の言うことを聞かせてやる!」と労働態度を厳しくあらためさせようとする感じの奴が出てくる。

麻薬カルテルの、運び屋労働管理。成果を上げているのだから好きなようにやらせておけばよかったものを、うるさく口を出し、いらぬトラブルが生じたりする。

それで結果的に、自分らの組織も不利益につながっちゃうのだから、ボス面気取りたいエゴのくだらなさといったらない。

管理する立場の人間は、その権力で下をひれ伏せさせることができるわけだが、いかにそれを感じさせず、自由度を保って働かせて、成果を出してもらうかが大事なわけで。

そういう意味では、麻薬捜査官のブラッドリークーパーの上司役の、ローレンスフィッシュバーンは理想的だった。煩く言わず、大事なとこだけおさえて、あとは、よし、やってみろ、責任は俺が取る、と背中を押す。地味な役どころだが、味わい深い存在感を醸し出している。理想の上司像。

◆男たち

今作、ちょい役で味わい深い名優がたくさん出ている。ブラッドリークーパー、ローレンスフィッシュバーン、マイケル・ペーニャ、そしてアンディ・ガルシア。

それらの名優を、さりげなく、なんでもないような感じで使うのが、イーストウッド御大のなせる技。豪華な名優の、抑制の効いた、それでいてしっかり味わいのある演出は、ぱっと見普通のアメリカのハンバーガーだが、食ってみると、なんだか品がよくて、隅々までこだわりが行き届いているというような感じに、今作を仕立てあげている。

イーストウッド監督作って、パッとサッと作られているようなんだけど、なんか重厚で、品格があるんだよな。

ブラッドリークーパーとイーストウッドの師弟関係を思わせる2ショットもグッときた。ブラッドリークーパーのイーストウッドをみる眼差しが熱い!

◆仕事のかげでないがしろにしていたもの

バレずに軽快に仕事をこなしていっていたアールだった。

しかし、妻の危篤。仕事か、家族か。いままでないがしろにしてきた家族。仕事を取るか、家庭を取るか。その問いにあらためて究極的に向き合わされる。

終盤は、イーストウッド自身の、自分の実人生でしてきたことに対しての懺悔みたくなってた。ある意味、イーストウッドの人生、その中での感じたことを、90歳で運び屋やった男の物語を通して語った作品、にも思える。

まだまだ女も抱くぜ、うまいもん食いたいぜ、でも、そんなのより、家族なんだよな! 一緒に時間を過ごしたいと思っても、失われた時間は、金では買えないってね。

金でなんでも買えたが、時間だけは買えなかった。時間。家族と過ごせばよかった時間。
外での名声、人気、そんなものよりも、っていうね。

人生、最後に残るものはなんなのか、なにを残したいのか。そんなことを考えた。

◆有罪

最後、「私は有罪である」といさぎよく認め、粛々と刑に服するアールじいさん。国の司法への信頼、それに従うよ、という考え。潔い。

最後の歌。老いを受け入れるな(Don let the old man in )、と歌われる。

グラントリノのラストとは対照的に、そこからまた人生は続いていく、というようなエンディング。

◆ で、どうなのかこの映画

人たらしな、かわいげのあるクソジジイが調子よくコカイン運ぶ、ブラックユーモアあふれるロードムービーであり、仕事に人生捧げた男の反省文じみたラストがイーストウッドの実人生と重なりドキュメント感もある作品。アールじいさん、服役中も上手くやって人生エンジョイしそうだし、 今作を経てのイーストウッドの次回作も、楽しみである。

3月も終わっていく、平成も終わっていく。クスリでもキメなきゃやってられない夜も、映画があるからやっていける。

あぁ、グッドライフを送りたい。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

映画、音楽、本のことを中心に、役に立つかどうか度外視して書きたいこと書こうと思っています。サブカルなイベントもよく行くので、そのレポートみたいなことも書くかもしれません。