日本ダービー2020 予想 

ついも今年もこのレースが来てしまった。
1年が経つのは本当に早いものである。

去年はどんな記事を書いたのか、と検索してみると、書いてない

書いていたのは2年前のダービー。
福永がワグネリアンで悲願のダービー制覇を決めたダービーであった。

あれ、「じゃあ去年のダービー勝ったのなんて馬だっけな」としばらく思い出そうとするが全然思い出せない。
1年前のダービー馬の名前も思い出せないとは、あと10年くらいしたらぽっくり逝きそう。

因みに去年も一昨年もダービー当たってないのだけは覚えてる。

と前置きが長くなったが今年のダービーは2強と言われている。
日本ダービーはクラシック3冠レースと言われる大きなタイトル戦の2戦目に行われるレースで、1戦目にあたる皐月賞というレースでコントレイルとサリオスという馬が無敗同士でぶつかり、2頭で3着以下を3馬身以上離すという決定的な差をみせたからだ。

走る条件が変わるが、この2頭を逆転する馬はいないだろうというのが大方の見方。

…わいもそう思う。
ただ2強ではなく1強、少なくともサリオスには隙があるかな、と。

馬券的にはこう
◎5コントレイル
☆12サリオス
△3ワーケア
6ヴェルトライゼンテ
15サトノフラッグ
17ヴァルコス

×9ダーリントンホール
×11ガロアクリーク

馬連
5-3.6.15.17
3単
5→3.6.11.15.17→12
5→12→3.6.11.9.15.17

サリオスが3着以下に沈んだ場合も考えてコントレイルからの馬連も買ってるのがポイント。
特に人気薄ヴェルトライゼンテ、ヴァルコス辺りが突っ込んで来てくれれば面白い。

それじゃあ日本ダービーでいい夢見ろよ。

ふんどし在宅 雑記 Ⅰ

配信でも面白いものが多く、暇を持て余すということがない。
巣篭もり推奨のポストパンデミック時代、その状況に合わせたカルチャー、エンタメ、コンテンツの発信として、配信はうってつけだ。そちらにシフトして、マネタイズしていくことが、様々なカルチャー産業の生き残りの道なのではとも思う。

しかし、体験を売り物にしている産業は大変だ。例えば観光業界。地方の観光客だのみのところなんて本当に大変だろう。いま、2013年の朝ドラ、あまちゃん、を見返しているのだが、北鉄に人を呼び込むために四苦八苦しているあまちゃんの登場人物たちを観ていると、コロナの時代、彼らはいよいよ息をしていないのではないか、と、余計な心配をしてしまう。 体験そのものが売りのところはいま本当に厳しい。観光地の像も大量にタイに里帰りをしているということだ。動物園のパンダは人にみられないことで久方ぶりに交尾をしたとかいう話も聞く。それは別にいいことだが。

映画館も、体験を売り物にしている。配信で映画観ればいいじゃないか、家でブルーレイを観ればいいじゃないか、午後のロードショーを観ればいいじゃないか、同じ映画なのだから。そんな声があるのもわかる。それはそうなのだが、映画が好きであることと同等、それ以上に、映画館で映画を観ることが好きなのだこちらは。新作映画をガツンと映画館で観られないのも辛いし、昔の映画を名画座などで観られないのも辛い。我にかえるスキマを埋めるために映画館の非日常に没入している部分もあるのだから、映画館にいけないと、日常の意識、現実が地続きすぎて気が狂う。

そんなわけで最近は、ゲームをする時間が増えた。 我を忘れて、逃避するのに、部屋でやるものとしては、ゲームは最強である。映画、ドラマも観るが。映画だと、石井輝男の60年代初期のギャングもの、ロボコップ、エイスグレードなど。ドラマは、ナチハンターズがめっぽうおもしろい。しかしゲームの逃避効果はすごい。時間が溶ける。 楽しい。FF7リメイクを一気にやったことが引き金となった。13騎兵防衛圏をクリアし、今はときメモドラマシリーズの虹色の青春とPCエンジンミニのイース1、2をやりながら、レッドデッドリデンプションをはじめた。

しかし、午前3時、宵の喉を過ぎ、ゲームを終え、布団に入るとき、ふと思う。これでいいのだろうか、と。 ステイホームだ忍耐だと言われ、一歩も外に出ずに一日が終わることも多くある。映画館に行きたい。なにかを体験しに行きたい。自室にこもっていても暇を持て余すことはないが、ゆるやかに死んでいくような感覚もある。刺激はあるのだけれど、外に出て何かすることの刺激には変えられないものがある。洞窟でサバイバルした人はすごい。こちらは娯楽に溢れているのだから、なんと贅沢な話だろうとは思う。Twitterを開けば時の権力者への怒りが沸き、インスタ開けば自分のおうち時間の見栄えのしなさに驚く。

これを書いている今日は30度にも及ぶ暑さだ。マスクで出歩くと、暑さもひとしおだ。しかし、散歩に出かけようと思う。夏を感じたい。アベノマスクはまだ届かない。

タモリ倶楽部 2019−2020 特に印象に残っている放送 3選

テレビ番組、特にバラエティ番組をほとんど観なくなって久しいが、ずっと、毎週欠かさず観ている番組がある。それは、タモリ倶楽部。いわゆる世の中の主流のバラエティ番組の演出を意図的に無視して避けているとも思えるマニアックでありながら独自の視点と演出で、へたすれば自己満足とも取られかねない企画を平気でぶちあげているタモリ倶楽部の痛快さ。レコーダーのハードディスクに、タモリ倶楽部だけが消されずにずっと残り、溜まり続けている。 

2020年4月現在、COVID-19のパンデミックに伴う収録の自粛のため、過去の映像の編集版を流したりしているタモリ倶楽部。2020年の土用の丑の日に食べるためにうなぎの養殖を1年前からはじめている企画が果たしてどうなるのか、など、気になるところだ。

レコーダーに溜まったここ1年くらいのタモリ倶楽部をざっと観たりしていて、これは神回だったな、と思う回がいくつかあった。その中から3つ選んで、ここに書き残したい。 

「麗しのスキマうどん美人」

まず一つ目は、2019年6月28日放送の回、はなまるうどんのすりガラス越しにうどんを食べる美女を眺めるとなんだかグッとくるという視点での、「麗しのスキマうどん美人」という企画。ケンドーコバヤシ、六角精児という濃厚で味わい深く安定感のある中年二人に加えて、Creepy Nutsの二人も出演。

深夜番組的なくだらなさが全開でありながら、普段なにげなく眺めている景色も、視点の置き方ひとつで、おもしろさが見出せるという思考の遊びのクリエイティビティを感じさせ、唸らされた。

この回を観てから、はなまるうどんに行く頻度は増えた。番組の中で出てきたような絵に描いたような美女と遭遇したことはないが、なんか少しだけドキドキする。灰色でのっぺりした日常風景も、目の付け所次第で立体的で色彩豊かなものに見えてくる余地があるという希望を胸に、パンデミックがピークアウトしたらまた、はなまるうどんへ行きたい。

「マスクコレクション2020」

そして、2020年2月放送の、花粉症のハイシーズに使える、おしゃれで機能性の高いマスクを紹介する「マスクコレクション2020」。今のこの状況で見ると、感慨深いものがある。乃木坂の与田祐希、劇団ひとり、そして第7世代芸人の3人組、四千頭身が出演。 

花粉症対策の、一風変わったマスクとして最初に紹介されたのは、岐阜県産の「マカロンレースマスク」。内側に今治タオルが入っていて、何度も洗って使える仕様。1078円。高い!というリアクションが番組内ではあったが、いまの世界から見ると、何度も洗って使えてデザイン性もあって1078円は、GOODプライス。そして、次に紹介されたのが、スポーツ用に特化した「ナルーマスクX5s」。激しい運動をしても全然動かない、ぴったりフィット。花粉も99パーセントカット。1枚2178円。洗って使うと考えれば、もうこれしてみんなスポーツするといいのでは、アフターコロナ時代。

次に紹介されたのがなかなかやばくていい感じのやつで、サンコーの「エアクリーンネックバンド」。肩にかける空気清浄機にマスクが接続している、なんだかフューチャリスティックな見た目のデザイン。1台7500円。アタッチメントを変えると、ポータブル加湿機にもなる。マスク部分を洗って使えるのであれば、これは1台くらいあってもいいのではないか、アフターコロナ時代。どうせ世帯単位で配るならこれくらいの配れと言いたい。その後、鼻だけマスク、ノーズマスクピットNEOという鼻の穴につけるやつを紹介。

番組内では、あくまで花粉症対策としてマスクを紹介していたが、まさか、マスクがここまで売り切れ、配布され、みんなが話題にする状況になっているとは、この時、誰が想像しただろうか。機能性が高いマスクをネタとして楽しくやれる牧歌的な様子に、なんだか涙が出てくる。

「1番定価が高い本ランキング100」

そして、2020年3月14日に放送の、ジュンク堂池袋店で収録が行われた、「1番定価が高い本ランキング100」。本屋にひそむ、知られざる高額本を紹介していく企画。かまいたちの2人と、バービーが出演。バービーは、インド哲学科を出ているという事実を知る。

高い本というのは想像を超えていて、税込で66000円する鉱物資源データブックが、それでも56位という有様。第5位、140,000円越えの「レアメタル便覧」。ハフニウムの埋蔵量は南アフリカが1位という情報が、お役立ち情報として紹介された。 

トップの「マルティーニの建築論」は400,000円越え。専門書だったり、部数が少なかったりすると高くなるのはわかるが、数十万もするものがあるとは、驚かされた。

本が売れない時代と言われているが、本屋で本をおもしろがる、紙の本の奥深さ、知らない世界がまだまだあるということを伝えるという意味でも、目のつけどころに唸らされる企画。これを観た後、実際本屋に行って、まだ見たことのない棚のコーナーとか、いろいろ本を探してみたい気持ちに駆られた。Amazonで紹介される本は、自分の欲しいもの、知っているものの範囲を出ない。本屋の海原は広くて深くておそろしいということ、役に立つとかどうとかじゃなくて、そこにおもしろみを見出せるかどうかということが、大事なんじゃないでしょうかね。

タモリ倶楽部は続いている。まだまだ定点観測を続けていきたい。アフターコロナの時代に、どういう目のつけどころで、なんでもないようなことをくだらなく、おもしろく取り上げてくれるのか、楽しみでならない。

自粛と無鉄砲野郎

自粛するという言葉を少し噛み砕くと、self restraint 、自制、克己心、という言葉が出てくる。少し乱暴に言い換えれば、自粛しろ、というのは、我慢しろ、ということ。

トイレットペーパーの紙を買いすぎるのは我慢してくれ、とは言えても、トイレに行くのを我慢してくれ、とは、言えない。人の心がある人ならば。

トイレに行くことを自粛していたら、その辺に野グソでもするしかない。生きていくことに必要だからだ。

新型コロナの拡大防止のため、さまざまなことに、自粛、が求められている。ちょっとやばいんで、我慢してくださいよ、と。

しかし、ラーメンを週に5回から1回にしてくださいとか、深夜に部屋で楽器鳴らすのはちょっとやめてとか、そういう我慢とは次元の違う、トイレに行くの我慢してください、レベルの我慢としての、自粛要請がぶちかまされている。

挙げ句の果てが、布マスク二枚の支給。

こんなことしていると、無鉄砲野郎の暴発が危惧される。

10階のモスキート(1983) という映画がある。

監督:崔洋一
脚本:崔洋一、内田裕也
出演: 内田裕也、宮下順子、小泉今日子

交番勤務をまじめに勤めて20年。内田裕也演じる警察官。しかし、離婚し、出世も望めず、消費者金融とギャンブルとでズブズブで首が回らなくなり、時代に遅れまいとして買ったパソコンを夜な夜な学んでミニゲームみたいなのつくる。

人生上向きにさせたかったけども、あれやこれやうまくいかず、なりやまぬ取り立ての電話で、我慢の限界大爆発。走り出し、10階の部屋から、無鉄砲野郎となりクライマックスへと雪崩れ込む。

無鉄砲、それは、抑圧した自我の暴走。

誰のために生きるんだ。なんのために生きるんだ。

俺だって人間だ、というセリフ、が耳に残る。

まじめに納税してたって、いざという時にガーゼマスク二枚の配布、これが現実。

自粛とは我慢であり、自我の抑圧。

暴走しそうな気分を、映画観て鎮め、無鉄砲野郎の顛末を観て、教訓としたい。

そして、選挙に行って、合法的にクソ野郎を引きずり降ろそう。