ふんどし在宅 雑記 Ⅰ

配信でも面白いものが多く、暇を持て余すということがない。
巣篭もり推奨のポストパンデミック時代、その状況に合わせたカルチャー、エンタメ、コンテンツの発信として、配信はうってつけだ。そちらにシフトして、マネタイズしていくことが、様々なカルチャー産業の生き残りの道なのではとも思う。

しかし、体験を売り物にしている産業は大変だ。例えば観光業界。地方の観光客だのみのところなんて本当に大変だろう。いま、2013年の朝ドラ、あまちゃん、を見返しているのだが、北鉄に人を呼び込むために四苦八苦しているあまちゃんの登場人物たちを観ていると、コロナの時代、彼らはいよいよ息をしていないのではないか、と、余計な心配をしてしまう。 体験そのものが売りのところはいま本当に厳しい。観光地の像も大量にタイに里帰りをしているということだ。動物園のパンダは人にみられないことで久方ぶりに交尾をしたとかいう話も聞く。それは別にいいことだが。

映画館も、体験を売り物にしている。配信で映画観ればいいじゃないか、家でブルーレイを観ればいいじゃないか、午後のロードショーを観ればいいじゃないか、同じ映画なのだから。そんな声があるのもわかる。それはそうなのだが、映画が好きであることと同等、それ以上に、映画館で映画を観ることが好きなのだこちらは。新作映画をガツンと映画館で観られないのも辛いし、昔の映画を名画座などで観られないのも辛い。我にかえるスキマを埋めるために映画館の非日常に没入している部分もあるのだから、映画館にいけないと、日常の意識、現実が地続きすぎて気が狂う。

そんなわけで最近は、ゲームをする時間が増えた。 我を忘れて、逃避するのに、部屋でやるものとしては、ゲームは最強である。映画、ドラマも観るが。映画だと、石井輝男の60年代初期のギャングもの、ロボコップ、エイスグレードなど。ドラマは、ナチハンターズがめっぽうおもしろい。しかしゲームの逃避効果はすごい。時間が溶ける。 楽しい。FF7リメイクを一気にやったことが引き金となった。13騎兵防衛圏をクリアし、今はときメモドラマシリーズの虹色の青春とPCエンジンミニのイース1、2をやりながら、レッドデッドリデンプションをはじめた。

しかし、午前3時、宵の喉を過ぎ、ゲームを終え、布団に入るとき、ふと思う。これでいいのだろうか、と。 ステイホームだ忍耐だと言われ、一歩も外に出ずに一日が終わることも多くある。映画館に行きたい。なにかを体験しに行きたい。自室にこもっていても暇を持て余すことはないが、ゆるやかに死んでいくような感覚もある。刺激はあるのだけれど、外に出て何かすることの刺激には変えられないものがある。洞窟でサバイバルした人はすごい。こちらは娯楽に溢れているのだから、なんと贅沢な話だろうとは思う。Twitterを開けば時の権力者への怒りが沸き、インスタ開けば自分のおうち時間の見栄えのしなさに驚く。

これを書いている今日は30度にも及ぶ暑さだ。マスクで出歩くと、暑さもひとしおだ。しかし、散歩に出かけようと思う。夏を感じたい。アベノマスクはまだ届かない。

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映画、音楽、本のことを中心に、役に立つかどうか度外視して書きたいこと書こうと思っています。サブカルなイベントもよく行くので、そのレポートみたいなことも書くかもしれません。