ふんどしを茹でる日々の映画感想 ミッドナイト・スカイ / 下女 

備忘録のため、己を奮い立たすため、観た映画についての感想を定期的に書き残していきたいと思う。

1週間に二本を目標に。

今週の二本。

■ ミッドナイト・スカイ / The Midnight Sky

Netflix で観た。ジョージ・クルーニー監督、主演の作品。世界の終わりの天文台(Good Morning Midnight) 、という本が原作。

舞台は2049年。北極圏にひとり生き残った科学者。地球はもう住める状態ではないこと、その範囲は地球全体に及んでいることを知り、帰還途中の宇宙飛行士に伝えるべく、奔走する。やがて、孤独な科学者の魂の救済。

まぁまぁ面白かった。

ポストアポカリプスSF。生き残りのジョージクルーニー演じるヒゲ面の科学者が、広い食堂みたいなところで、義務的に、虚無な様子でメシを食い、ひとりチェス、ひとり酒に興じる。かろうじて生きているという様子。ステイホーム。ひとりきり。哀愁もあるが、しかし、絶望感が強い。ほかに人がいて、ひとりで過ごすのと、本当にひとりしかいなくて過ごすのでは、違う。ZOOMはあっても、やる人もいない。そんな中、人の気配がして、まさか、となる展開では、ジョージクルーニー、はからずもちょっと嬉しそうであった。

対して、地球がやばいことになっていることを知らない宇宙船の中の人々の様子は、どこか楽しげで明るく活動的。船外活動も、歌なんか歌っちゃったりして。しかし、なんとなく緊張感があり、もしや、と思っていると、大変な展開にもなる。
宇宙で液体はこうなるから、人体から出たものもこうなるのね、と。

終末モノであり宇宙モノでありスケールのでかさの印象を与えながらも、クルーニーが決死の、帰ってくんな!を伝えることがメインの比較的地味な話。しかし、やがてかすかに希望が灯るくらいの塩梅が、夜中に部屋を暗くして観るのにちょうどいい感もあった。

北極の様子がとにかく寒そうなので、冬に観るなら部屋を暖かくして観た方がいい。

世界の終わりの天文台、をむしろ読んでみたい気持ち。

■下女/ 하녀 /THE HOUSEMAID

韓国の鬼才と言われるキムギヨン監督、1960年の映画。Blu-rayで観た。修復されたクオリティで、白黒の映像美を堪能。下女役は、イ・ウンシム。

紡績工場の音楽教師、トンソク。やたら金ある。音楽教師はそんなに儲かるのか、当時としてかなり豪華な二階建ての家に住む。ミシン仕事がたたって過労の妻のため、下女雇う。やがて、下女とトンソクのNTRの展開。家庭の崩壊が巻き起こる。ひとつの家を舞台にした、崩壊の悲喜劇。

かなりおもしろく、見応えあった。

当時としての近代的、西洋的な暮らしを謳歌する音楽教師とその家族だが、下女により、内部から崩壊していく。下女は象徴的存在で、上昇への憧れ、と転落の不安の両方を暗示する、その家の階段、そのものと一体化するかのようで、それは、近代化を志向する社会そのものの危うさか。

倫理観や、憎しみにさえも勝ってしまう肉欲の不条理というか、生き物としての人間の悲しさみたいなものも、なんともいえない客観的な感じで、突き放して描いていた感も。

カレーの皿の上にねずみという衝撃的な悪夢の描写。家庭が外部からの侵入者によって犯されていく様子がそこに。ねずみの恐怖。

第四の壁を突き破り、アドバイスをかましてくる展開には、呆気にとられつつも、不気味な恐ろしさを感じた。

キム・ギヨン作品もっと観よう。

なにかしらの視点、専門性、で映画を読み解き、独自の語り口で語る、みたいなやつが理想ではあるが、そんなのなかなかできないし。身の丈の感想を繰り出して参ります。

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